【一】選定仙





 古来より十二という数は、特別視されてきた。
 元始天尊が開教した後、一定の時が流れ、現在の崑崙山は落ち着きを見せている。他の仙人界――金鰲島との関係も良好で、基本的には出自による棲み分けも出来ている。人間界からのスカウトも順調であり、嘗ては師を得る事が叶わず力の使い方を学ぶ機会を持たなかった天然道士達も、次々と仙道としての生を歩むようになった。

 雲の合間、天空に浮かぶ玉虚宮。
 この日、元始天尊に呼び出された雲中子は、膝をつき頭を垂れていた。

「よく来てくれたな」

 元始天尊はそう声をかけると、雲中子に頭を上げるようにと促した。双眸を開けて床を見居てから、雲中子は素直に顔をあげて姿勢を正す。

 雲中子は崑崙山が成立した直後から、仙人として過ごしている。元始天尊の直弟子というわけではなく、教えを学んだのは老子からだ。ただ夢を経由していたため、一度も直接口頭で会話をしたわけではない。知識の多くは独学でもあったが、それでも高仙としての位置を確立し、現在の崑崙山においては実力ある仙人だともくされている。

「どのようなご用件でしょうか?」

 平坦な声音で、雲中子は本題を切り出した。すると道服姿で腕を組んでいた元始天尊は、白い顎髭を揺らし、声に笑みを含む。

「この度、崑崙山を運営していく事を考えて、儂の手伝いをしてくれる者達を、改めて設けようかと考えておってな。十二仙と命名しようと思っておる」

 その言葉に、頷くでも首を振るでもなく、雲中子は静かに耳を傾けている。
 現在は老子による指示もあったので雲中子は、元始天尊の手伝いをする事が多い。崑崙山が安定するまでの期間、桃源郷との繋がりを絶ちたくないという元始天尊の考えもあったのだろうと、雲中子は思っている。他に天界に縁がある者としては、燃燈道人もまた、元始天尊のもとで、様々な手伝いをしている事が多い。

「それに際して、客観的に相応しい者を決定する人材を求めておる。雲中子、やってはくれぬか? 儂だけの評価では無く、きちんとした意見が欲しいのじゃ」

 朗らかな声音で元始天尊が語った時、雲中子は静かに頷いた。己が時折頼まれる雑用が減る事は喜ばしかったし、元始天尊とて自分の弟子達に命じる方が楽だろうという考えもある。

「現在の候補者は?」
「懼留孫と霊宝大法師、そして文殊広法天尊からは承諾を得ている。しかしながら、同格の兄弟弟子を選定する事は困難であるとし、いずれも選定仙の役割は断るとの事じゃった」

 頷きながら、雲中子が思案する。

「玉鼎真人は?」
「現在説得中じゃ。して、弟子の中からも選定仙を一人は置きたいゆえ、玉鼎にはその任も負って欲しいと考えておる」
「なるほど」

 直弟子という条件から、気にかかった人物を挙げた後、最後に雲中子は尋ねた。

「燃燈道人は? 確かに直弟子とは言い難いでしょうが、現在の崑崙山において、尤も運営に携わっている仙人だと感じますが」
「こちらも説得中じゃ。燃燈もまた、直弟子では無いという理由を挙げておった。ただし燃燈は、選定仙の役目は引き受けてくれると申しておった」

 妥当だなと雲中子は考えたが、十二仙という制度が根付くまでの間は、内部に雑務に詳しい者がいた方が良いだろうと結論付ける。それには燃燈が最適だ。

「して、雲中子よ。お主は、選定仙の役目を、引き受けてくれると考えて良いか?」
「ええ。私でお役に立てるのでしたら」
「――ちなみに、十二仙にはなってくれぬか?」

 非常にさらりと元始天尊が問いかけた。しかし雲中子は、首を振る。

「そちらはお断りいたします。客観的に判断可能ではなくなります」
「そうか。では、選定仙としての役目、しかと頼んだぞ」

 このようにしてこの日、雲中子の仕事と役割は一つ増えたのだが、逆にこれまでの仕事の負担は少し軽くなる事も明らかになった。

「なお選定仙の存在は、秘匿とする」
「承知いたしました」
「では、早速燃燈と話をしてみて欲しい。頼んだぞ」

 雲中子は内心で、燃燈に対する説得もするようにという暗黙の指示だと理解しながら、一礼して玉虚宮を後にした。

 ――これが、契機となる。