【五】





 その夜、燃燈が終南山に訪れた。ずっとそわそわしていた雲中子は、無駄に用意してしまった酒と肴を何度も確認した後、リビングに運んだ。燃燈の方はいつも通りにしか見えない。

「良かったら、少し酒でも」
「そうだな。お前が漬ける酒は美味い」

 果実酒を作るのは、雲中子の趣味の一つだ。色々と用途がある。己のグラスを片手に、燃燈も酒を持ったのを見てから、雲中子は軽く傾けた。別に酒に逃げるつもりでは無かったが、少しでも緊張感を解したかった。

「雲中子」
「なんだい?」
「好きだ」
「ぶっは」

 唐突に言われて、雲中子は思いっきり咽せた。咳き込みながら、思わず燃燈を睨む。完全に真っ赤になっている雲中子を見て、燃燈が苦笑した。

「意識してくれるのは嬉しいし、もっとしてもらうつもりだが、そこまで急に意識されると――少し揶揄いたくなるな」
「帰る?」
「いいや? ここに並ぶ美味そうな酒のつまみをゆっくりと完食してから帰る」
 
 燃燈が唇の端を持ち上げた。その表情が無駄に格好良く見えて、雲中子は焦った。
 太乙と道徳は自然とお互いの距離が近づいたと話していたが、雲中子は己と燃燈の場合は急接近が正しいと考えながら、それから再び、ゆっくりと酒を飲み込んだ。


 以降も、燃燈はほぼ毎日、夜になると雲中子の洞府を訪れた。真面目な十二仙筆頭という印象しかなかったはずが、意外と意地悪な側面を見たり、優しげな笑顔を見たりする内に、どんどん変化していく。様々な燃燈の表情を知っていく。

 一ヶ月が経過する前に、雲中子は自分の気持ちに結論を出していた。
 好きだ。
 だから約束の日が待ち遠しい。三ヶ月や三年なんて一瞬だと思っていたのが嘘であるかのように、一日一日が長く感じる。

 ――そして、燃燈の心の声を聞いてから、丁度一ヶ月目が訪れた。

「雲中子」

 いつもと同じように燃燈は洞府を訪れ、雲中子は酒を出す。それを置き終えた時、燃燈が雲中子の手首を握った。

「答えは?」
「……好きだよ」

 それを耳にした燃燈の顔が非常に嬉しそうに変わった為、こんな結末も良かったのかなと雲中子は考える。そのまま燃燈に抱きしめられた雲中子は、俯いて額を燃燈の胸板に押しつけた。

「そうか。付き合ってくれるな?」
「うん。そうだねぇ」
「何処に?」

 燃燈の言葉に、嘗ての己の失言だと気付いて、雲中子が目をギュッと閉じる。確かに、好きな相手にコレを言われると困る。

「何処か行きたい場所はあるかい?」
「私は寝室に行きたい」

 しかし予想していなかった答えが返ってきた為、雲中子は硬直した。デートだとか旅行だとか、そういう趣旨で尋ねていた事も大きい。

「……」
「嫌か?」
「……良いよ」

 だが、雲中子は拒絶しなかった。
 こうして二人は、雲中子の寝室へと移動した。震える指先で首元に触れつつ、雲中子は考える。キスもまだしていない。やっぱり急だ。けれど、嫌ではない。好きだと自覚し、付き合うと決めた段階から、想定だけはしていた。それでも緊張しないわけではない。

 そんな雲中子を、燃燈が後ろから抱きしめる。目に見えて、雲中子がビクリとした。燃燈が喉で笑う。

「無理はしなくて良い」
「無理じゃないよ別に」
「そうか」

 頷きつつ、するすると燃燈が雲中子の服を開けた。そして気付いた時には、寝台の上に縫い付けられていて、雲中子は燃燈を見上げる形となっていた。二人の目が合う。直後、燃燈が雲中子の唇を奪った。

 雲中子が驚いて薄らと唇を開くと、燃燈が何も言わせないとするかのように、舌を挿入した。

「ん」

 燃燈に舌で舌を追い詰められ、絡め取られ、雲中子は思わず目を閉じる。荒々しいのに巧みだと感じさせられる燃燈の口付けに、雲中子の息が次第に上がっていく。

「ン」

 その後舌を引きずり出されて、甘く噛まれた時、雲中子が小さく声を零した。
 燃燈は片手で、雲中子の左胸の突起を弄びながら、情欲を瞳に滲ませる。それをうっかり見てしまった雲中子は、ゾクリとした。長いキスを終えると、燃燈が唇の両端を持ち上げる。

「今晩は覚悟してもらう」

 と、こうして二人の夜が本格的に始まった。
 燃燈が雲中子の全身を念入りに愛撫していく。ゆっくりと昂められていく感覚に、雲中子はすぐに根を上げた。

「燃燈、もう……良いから」
「良いというのは?」
「燃燈だって辛いだろう?」
「――辛いのはそちらだろう?」

 意地の悪い燃燈の言葉に、雲中子が両目を細くした。愛撫が焦れったすぎて、先程からイくにイけない状態が続いているのは事実だ。燃燈は丁寧な性格なのだろうと脳天気に考えていたが、とんだ勘違いだったとここで気がついた。

「待って、燃燈。う……っッ」

 三本の指で内部を解され、時折、本当に時折、軽く感じる場所を指で掠められ、というのを繰り返されている現在。

 雲中子は己が、びっしりと全身が汗ばんでいて、体が震えている事にやっと気付いた。限界まで陰茎は張り詰めていて、解放を願っている。チカチカと雲中子の瞳にも情欲が宿る。次第にそれで染まっていった。

「あ……ぁ……ァぁ……は、早く」

 堪えきれずに雲中子が懇願すると、燃燈が漸く指を引き抜いた。そして――一気に熱く硬い陰茎で雲中子を貫いた。想像以上の衝撃に、雲中子が嬌声を上げる。

「あ、あ、あ」

 散々解されたはずなのだが、中が満杯になってしまった感覚がした。雲中子は思わず燃燈の首に腕を回す。指とは異なり、燃燈は迷わず雲中子の感じる場所を、巨大な先端で突き上げた。

「ひっ、ああ……ア! ああ!! あ」
「大丈夫か?」
「ダメ、っ……うぁ……ァあ! んン――!!」

 あんまりにも快楽が激しくて、雲中子の思考が白く染まった。燃燈は体を揺さぶるように動いてから、薄く笑う。そしてまた、雲中子の感じる場所ばかり重点的に突き上げる。次第にその抽挿は激しくなり、雲中子は気持ち良すぎて咽び泣いた。

「あ、ああ、燃燈」
「悪いがダメだと言われても、もう止めてはやれないぞ」
「好きだよ」
「――っ、ここで言うのか? 煽ってどうする」
「これからは、いっぱい伝えておかないとならないと思っ……ッ、あ……ああああ!」

 燃燈が一際激しく動いてから、雲中子の内部へと放った。強く穿たれた衝撃で、雲中子もまたほぼ同時に達した。雲中子が肩で息をしていると、燃燈が一度陰茎を引き抜いた。そして雲中子を抱き起こすと、後ろから抱きしめるようにした。

「え、待って」

 てっきり終わりだと思っていた雲中子は、直後バックから挿入されて、焦って枕に顔を押しつけた。思わず両手でシーツを握る。

「あ、ああ……あ、あァ」

 燃燈は雲中子の制止を聞く事はせず、ゆっくりと、だが容赦なく陰茎を進めた。内部を擦り上げられるような感覚がし、先程より奥深くを刺激され、雲中子はギュッと目を閉じた。

「あ、あ……ンん、ぁ……ひ……ッ、うあ、ア」

 細い雲中子の腰を掴んで、燃燈が逃がさないとするかのように体重をかける。繋がったままで押しつぶされるようにされて、雲中子は体を震わせる。

「ぁ……ア! ん、ぅ……ああア! あ!! あ――っ、や、待って、ァ」

 未知の角度から感じる場所をぐっと押し上げるように突かれた瞬間、雲中子が涙を零した。じっくりと結腸を押し上げられる形となり、必死で息をする。快楽が強すぎる。

「あ、あああ、ァ!! あ、待って、今動かれたら――あああああ!」

 燃燈の動きが速さを増していく。既に燃燈は体重をかけていないが、全身から力が抜けてしまい、雲中子は動けない。ただボロボロと泣くしか出来ない。純粋に気持ちが良い。

「ダメ、イく……あ、ああ!」

 雲中子はそのまま内部を深く激しく責められて、後孔だけで達した。ドライオルガズムがもたらす強い快楽に、何も考えられなくなる。絶頂の波が中々退かず、雲中子は震える。

「ああああああ!」

 その時燃燈が動いたものだから、ブツンと雲中子の理性が途切れた。
 この夜の燃燈は容赦が無く、本当に雲中子は覚悟させられる事になった。


 自分がいつ意識を手放したのか覚えていなかった雲中子は、朝方目を覚まし、隣で自分を腕枕している燃燈を見た。行為前は、きっと体を重ねたら恥ずかしくて顔を見ていられないだろうと思ったが、全身が疲れきっていて、ぼんやりとした頭では――好きな顔を見ている方が良いかと漠然と考える事となり、普通に目が合った。

「体は平気か?」
「そう思うの? あの、本当にそう思うのかい? 私達は、体力がそもそも違うと思うんだけど、その点への配慮とかは無かったのかねぇ?」
「嫌だったか?」
「……これからは、少し手加減してくれる事を期待するよ」

 雲中子が顔を背けると、小さく燃燈が吹き出した。何せ、『これから』があると分かるだけで嬉しい。

 このようにして、二人は結ばれた。


 ――その数日後。
 ついに完成した檸檬味の薬が入る試験管を、雲中子が握っていた。

「私は好きな相手の気持ちは知らなくて良いみたいだねぇ」

 何せ、相思相愛になった今、再びあんな熱烈な思いを一時間も聞いていたら、羞恥で悶えて死んでしまう自信がある。呟いた雲中子は、試験管を小箱に入れて、鍵をかけ、『二度と使わない薬』をしまっておく倉庫の片隅へと運んだ。こういう薬は意外とある。名前すら無い。

 今夜も燃燈が訪れる予定だ。早く会いたいなぁと考えながら、雲中子は倉庫の鍵を閉めた。





     【END】