【一】
人間の身体構造に、目立った差異がない限り、そこに生み出される道具は類似した形状である事が多い。
例えば耳が顔の横にある、腕や足がある、それらは――始祖と現生人類の共通点でもある。
世界を経る度に、始祖の気配は掠れていく。
人間の、仙人や道士のオリジナリティが際立っていく。
――いった、が正しいのか。
既に女媧が亡き今、既に進行方向を定めるものは、今を生きる人間の自由意志ばかりだ。
大樹の幹に背を預け、禁光銼を両手の合間で弄びながら、神農は考える。
神農は、とある歴史講義の中においては、農業や医学の神とされている。長閑な陽だまりの下、
パワースポットで体を形作りながら考える神農は、その存在が自分と同一であると考えているわけでは無かったし、
そう評価する存在が多いとも思った事は無かった。
だが、そうではあっても、この世界の『現時点』の大多数よりは、医学にしろ化学にしろ技術にしろ、長けた知識を有してはいる。
「今後の発展が楽しみだね。未知の技術が生み出される日が」
そう口にしてスッと目を細めた神農は、それから静かに微笑んだ。
首だけで振り返り、木の後ろへと視線を向ける。
そこに立っていた雲中子は、視線が合った瞬間、短く息を飲んだ。
冷や汗が浮かんでくる。
「……いつから、気づいて……その……」
自分が立っていた事、見ていた事、それらに神農が気づいていたのかと、聞こうとして雲中子は失敗した。
嫌な緊張感に全身を支配される。女媧のように禍々しいものでは無かったが、
伏羲ほど仙道に近しい人の気配でも無いが、その両者に共通するような圧倒的な存在感がある。
掠れるように、溶けるように、自然と一体化していて、かろうじて輪郭が見えるにすぎない力――存在であると理解はできても全体像を認識出来ない。
己の有象無象さを実感させられながら、始祖の気配に呼吸が苦しくなる。
「気づいたのは今だよ。別に、きみに聞かせるつもりは無かったんだ。ただの独り言だよ」
木の陰から身体を現し、しっかりと雲中子を見て、神農が微笑した。
すると唐突に、その場の気配が軽くなったように、雲中子には感じられた。
実際に、それは錯覚ではない。
ヒトと話す時、ヒトの姿を象るように、不要な気配や威圧感もまた排除し、自然で在る事を、神農は心がけている。
恐らくこれは、女媧には理解できなかっただろう事柄の一つだ。
「尤も――生み出す事が可能になった、この新世界の創造により許された一人としては、気になることかも知れないね」
そう言って悪戯っぽく笑った神農を見て、雲中子は静かに目を伏せた。
◆◇◆
これは、過去の記憶だ。