【五】







 その後、新しい仙人界の歴史が始まった。

 今こそが――『全てが終わった』と、考えて良い時期なのか、しばしの間思案してから、ある日雲中子は、燃燈に尋ねた。

「ねぇ、燃燈」

 新教主の片腕として、過去の崑崙山時代よりも多忙そうな燃燈に、意を決して声をかけたのである。

「神農の居場所を聞いてもいい?」

 すると、燃燈が顔をあげた。

「ああ、そうか。お前は、禁光銼に似た宝貝を作ろうとしていたんだったな」
「……うん、まぁね」
「雲中子から神農の名前を聞いたら、禁光銼の力であの日に出向いて、釘をさす予定だったんだ。今日は午後から暇だから、丁度良い」
「私から聞いたら?」

 雲中子が首を傾げると、燃燈が喉で笑った。

「――そうすれば、忘れないだろう? 過去に戻るたびに、神農の居場所を聞くように言えば、大体の場合、この一ヶ月以内に皆が私に居場所を問う。聞かれるごとに、私はその相手の過去へと戻って釘をさす」

 なるほど、と、納得した雲中子は、それからパワースポットの場所を聞いた。

 静かに向かい、大きな木を視界に捉えた直後、そこに掠れた神の輪郭が在ると悟った。反射的に己の気配を消したものの、その後は立ち尽くしているしかなかった。その後で、雲中子は声を聞いたのである。

「今後の発展が楽しみだね。未知の技術が生み出される日が」

 それから短くやり取りをして、目を伏せた雲中子は、しばしの間考えた。
 過去から現在までの事を。
 そして、静かに双眸を開いた。

「残念ながら、もう私は過去へと戻るような、時間を逆行する趣旨の宝貝研究からは興味を失っているんです」
「そうなんだ? では、今は何に興味が?」
「未来です。先に進む事に関心が――宝貝を必要としない事柄ですが」

 新しく始まった時の、進み方、進め方、それらは未来というほかない。

「そうなんだ。お幸せに」
「え?」
「さっき伏羲と燃燈道人に頼まれて、禁光?を使ってね。雉鶏精の一件以来、何度か使用を頼まれているんだけど――一応伝えておいたよ」
「誰に、何をですか?」
「燃燈道人に、可愛いと周囲に惚気るのではなく、本人に言うようにと伝えたんだ」

 それを聞いて、雲中子は赤面した。神農はそんな雲中子を楽しそうに眺めていた。
 その日、新しい洞府に雲中子が戻ると、燃燈が訪れた。
 雲中子はその姿を見て、呟く。

「私に昔……研究をやめるようにと言ったのは、『現在』から過去へと戻った燃燈だったの?」
「ああ、そうだ。もっと甘えてくれと伝えたのは、『今日』の私だ」
「――我が儘を言っても良いんだっけ?」
「ああ」

 頷いた燃燈を見て、雲中子は告げた。

「毎日、ここに会いに来て。その……雷震子も仙人として独り立ち出来そうだし……もうしばらく、弟子を取る予定はないし……ほ、ほら、その、一人は寂しいときもあるから。だ、だから、その……」

 雲中子はそう口にした後、再度繰り返した。

「我が儘を言っても良いんだよね? 燃燈、だから、毎日私に会いに来て」
「断る」

 すると燃燈が首を振った。胸に何かがザクリと突き刺さった気がした状態で、雲中子は引きつった笑みを浮かべる。

「忙しいのは分かってるけど……」
「ああ、私は非常に多忙だ。ここに毎日来るのは無理だ」
「……我が儘を言ってもいいけど、叶えてくれるわけではないと言うことか」

 雲中子が大きく溜息をつくと、燃燈が小さく首を傾げた。

「繰り返すが、私がここへと来るのは無理だ。だから、一緒に暮らそう」
「え?」
「つまり、雲中子が私のところへ来れば良いと言う話だ。そうすれば毎日会える」
「は?」
「雷震子も無事に独り立ちできそうで、本当に何よりだ――と言うことで、この洞府は譲って、私の洞府に雲中子が引っ越せば問題は消える」
「待ってくれ、問題しかない。燃燈のところには、実験設備がない」

 慌てたように雲中子が言うと、燃燈が笑顔のまま続けた。

「雷震子と太乙に必要そうなものを聞いて、ある程度は用意しておいたぞ」

 それを聞いて、雲中子が咳き込んだ。

「ちょっと待って、どうしてその二人に聞いたの?」
「どうして? そもそも現在の施設も、取り急ぎ太乙に用意してもらった場所へ、雷震子に終南山で無事だった品を運んでもらったと聞いているが? ほぼそれらはある」
「……そ、そう」

 まさか雷震子に仲を明かしたのだろうかと、雲中子は戸惑った。

「それに、同棲する以上、弟子には知らせておいた方が良いだろうと思ってな。師匠である雲中子をよこせと言うわけだからな。尤も、雷震子が弟子になるずっと前から雲中子は私の恋人だったわけだが」

 すぐにその内心の疑問が解消したものの、燃燈の言葉に雲中子は頭痛がした。弟子に自分の恋愛事情を知られると言うのは、なんとも気まずい。

「雲中子は、毎日私に会いたかったんだろう? 私もいつ切り出すか考えていてな。丁度良かった。王奕には、さっさと伝えろと言われたものだが」

 それを聞いて雲中子は、腕を組んで曖昧に笑った。身体構造があまり変わらないように、恋愛感情や恋愛形態に関しても、始祖達と自分達は同一なのだろうかなんて、現実逃避気味に考える。

「研究設備も整えて、弟子にも根回しをし、あとは言うだけだったんだ」
「手際が良すぎるよ。仕事が出来るってすごいと思うけど……プライベートでも生きてるんだね。あとは残業が減るように、時間のやりくりを頑張ってほしいかな」
「別段私は仕事ができるわけではないぞ。ただ、熱い愛情を持っているだけだ。それに今後は、残業があっても毎日会える」

 このようにして、新しい未来が進み始めた。




     【END】