【三】
静かに耳を傾けていた太乙は、それから腕を組んだ。
「雲中子、一つ良い?」
「なんだい?」
「――その考えを醜いというのなら、私も変わらないよ。燃燈が墜ちた時、正直、道徳じゃなくて良かったって思ったし。まぁ道徳はそういう事をするタイプではないけど」
「慰めを期待して話したわけじゃないんだ。別に許されたいわけでもないし」
「本心だけどね。ただ、それと一つ付け加えるとして、雲中子が幸せになってはならないという道理は無いし、醜い考えを持ち合わせていたら恋人と再会しちゃいけないなんていう決まりもないと私は思うけど?」
真摯な太乙の言葉に、雲中子は唇を噛む。その瞳が悲愴に濡れているように見える。
「私にはそんな権利はない」
「それを決める権利こそ、雲中子には無いんじゃないかな? 自己完結しているだけだしね。まぁでも、本当に燃燈には問題が無い、って事かぁ」
「うん。問題は、私にあるだけだ」
「じゃあ、燃燈に聞いてみたらどう?」
「そもそも、こんな醜い感情を知られるのも怖い。本当は、太乙にだって知られたくなかった。大体、縋りついて泣く自信しかないと話しただろう?」
「そうすればいいじゃないか。じゃあね、私は帰るよ。あとは、『お二人』で」
「――え?」
太乙が笑顔で手を振った時、その言葉の意味が分からなくて雲中子は、目を丸くした。
後ろから抱きしめられたのは、その直後だった。
「!」
昔、嫌というほど知っていた気配と匂いがした。硬直しながらも、首だけで雲中子が振り返ると、そこには燃燈が立っていて、逞しい両腕で雲中子を抱きすくめていた。
「前に雲中子と話した時に、『身体を透過させるような宝貝は興味深い』って雑談したのをきっかけに、最近色々落ち着いていたから、作っておいたんだよね。仙気も消失させられる」
「な」
「燃燈に、ひっそりと渡して――まぁ、連れてきたというか、さ!」
太乙の言葉に、雲中子が目を見開く。
「もう既に、雲中子の考えは、燃燈も一緒に聞いていて――答えも出てるみたいで何よりだし、私はお邪魔だろうから帰るよ」
「ま、待っ――」
雲中子は引き留めようとしたが、そのまま太乙は帰ってしまった。また、燃燈は腕に込める力を強くした。
「てっきり、私に問題があると思っていたし、嫌われてしまったのだろうと考えていた」
「ね、燃燈……んン」
雲中子の顎を持ち上げると、燃燈がその唇を奪った。唐突に深々と唇を貪られ、雲中子は言葉を封じられる。舌で舌を追い詰められ、絡めとられた頃には、様々な感情が綯い交ぜになり、雲中子は涙ぐんでいた。
「だが紛れもなく、思い悩ませてしまったのは、私だな」
「……っ」
「雲中子。一つだけ言いたい。頼む、消えないでくれ」
「消えた君がそれを言うのかい?」
「ああ。私の方こそ、ずっと利己的だからな」
「燃燈は変わらないなぁ」
そこで初めて、雲中子が苦笑して見せた。その目元の涙をぬぐってから、燃燈が優しい顔をした。そして今度は正面から抱きしめ、雲中子の耳の後ろを指でなぞる。
「雲中子、余計な事は考えるな」
「思考でもしているしかないくらい、君が不在の孤独の時間は長くて虚しかったんだよ」
「悪かった」
「ううん。君が謝るべき事は何もない。本当に、私の問題だからねぇ」
「これからは、そばにいる。いさせてくれ。そして、お前も私のそばにいてくれ」
その力強くも優しい言葉を聞きながら、雲中子は思わず燃燈の背に両腕を回す。強く抱き着き、その温もりと存在感を確認する。
「生きていてくれて本当に良かった」
涙交じりの雲中子の声に、燃燈はゆっくりと頷いた。
――その後、二人は寝室へと移動した。操を立てるといった意識があったわけではないが、服を開けられながら、久方ぶりの行為に、雲中子は緊張していた。一方の燃燈は性急に雲中子を押し倒すと、唾液で濡らした二本の指を、迷う事なく雲中子の後孔へと挿入した。
「んぁ……ァ……」
「きついな、力を抜け」
「そんな事を言われても……っ、ア……」
燃燈の指が蠢く度に、雲中子は次第に体が熱を帯びてきたのを自覚した。息が上がり始め、体の奥がジンと疼く。久しく覚えていなかった前立腺への刺激を感じた時、ビクンと雲中子の体が跳ねた。それに気を良くした様子で、燃燈が何度もその箇所を刺激する。
そうして解した後、指を引き抜き、燃燈は巨大な陰茎の先端をあてがった。まだキツいだろうと分かってはいたが、堪えられず、一気に貫く。雲中子は、思わず燃燈の体にしがみつきながら、挿入の衝撃に耐えた。
「あァ、あ、ああ!」
「ゆっくりと息を吐け」
「あ、あ、無理……っ、熱……あ、ああ!」
雲中子の瞳が快楽に蕩け始める。それを確認しつつ、根元まで挿入した燃燈は、荒く吐息した。脈動する燃燈の陰茎を、思いっきり雲中子が締め上げる。内壁が、燃燈の形を覚えていく――いいや、思い出させられていく。
腰を揺さぶるようにしてから、燃燈がゆっくりと動き始めた。
その度に、雲中子が嬌声を上げる。
全身がドロドロになってしまいそうなくらい、快楽が強い。そこに、再び交わる事が出来た幸福感が加わっているせいで、雲中子の心は満ち溢れていた。
「あ、あ、あ……ああ、ン! ん、っぅ……うあ、あ、ア!」
的確に雲中子の感じる場所を責めながら、燃燈が唇の端を持ち上げる。こちらも、幸せに浸っている。
「愛しているぞ」
「あ、ぁ……ァ、んッ、っ……わ、私も……燃燈が好――あああ!」
雲中子が最後まで告げる直前、堪えきれずに燃燈が激しく打ち付けた。だが、気持ちはすでに伝わっていた。その後、雲中子の中で燃燈は果て、最奥を貫かれた衝撃で、雲中子もまた放ったのだった。
――事後。
二人でシーツに包まり、燃燈の腕の中に雲中子はいた。
「洞府に、いつでも入れるようにしておくよ」
「頼んだぞ」
「あと、心臓に悪いから、消える宝貝は使わないで欲しい限りだねぇ」
「それは、洞府に本当に入れるようになったと確認出来てからとする」
燃燈がそう言って笑ったから、雲中子もまた吐息に笑みを乗せた。
このようにして。
二人の関係は、落ち着いた。もう雲中子は、消えたいとは思わない。
【END】