2:甘いもの




ケーキとは何か。ココアを飲みながら巻無良まきむらさんが続ける。

「昔の人間って言うのは、あんな卵と砂糖のかたまりを美味しいって言って食べていたわけだ」

パティシエの免許も持っている僕は何も言わなかった。
現在”お菓子”は、高級店でごく一部のみ飲食が許可された、最高級嗜好品だ。

「食べたこと有るか?」
「……ええ、まぁ」

楽しそうに巻無良さんが笑った。
何が楽しいのだろう。
この”合法現実”では、提案に従い生きる人間ばかりだ。そういうコミュニティだ。だから、犯罪を起こすなど聞いたことがない。ただその一点から理解できることもある。

「コミュニティ逸脱者とは、犯罪者のことですか?」

ここは法治コミュニティだ。その法を犯せば、コミュニティに属していないと言えるのかも知れない。

「まぁ簡単に言えばな。さて、例のケーキ群は、病院建設予定地の中央にあった。日光でクリームが溶けてドロドロ。生首には虫がたかってた。生首の数は27」
「何故27人も失踪者がいて、誰一人通報されいなかったんでしょうか?」
「被害者も逸脱者だからな――存在しない人間なんだ」
「この管理が進んだ世の中で、そんな人々が本当にいるんですか?」

それから僕たちは、職場オフィスへと戻った。
STATIONを空中転回して、現場の、立体映像ホログラムを見る。分析官の、専用集合知ナレッジマザーは、”リーガル”だ。集合知は言う。

『被疑者は三十代前半、予想スコアは700±52。女性。省一パティシェ科目修了者。2Wは、街路通過記録無しが予測されます』

その事件でhitしたのは5名だった。自動推察プロファイリングだ。

「そんなもん切っとけ。当てにはならない」
巻無良さんの声に顔を上げた。
「学知システムの現在勉強中の学生を洗え。男」
「どうしてですか?」
「カンだ。一つ教えてやるが、機械に使われるな。使え」
『候補者一名』
「”リーガル”捕縛の手配をして捕まえろ」
『了承しました』
「そんな、証拠もないのに」
「あんな子供っぽいことをするのは、優秀なお子様だ」

結局――巻無良さんの推察は当たっていた。


『それが不満なの?』

来した僕は、STATIONで菅原と少し話しをすることにした。

「……何か、違う気がするんだ」
『何が?』
「十一歳の男の子一人で、出来るのかなって」

僕は守秘義務の範囲内で、菅原に相談した。僕が分析官であることは、菅原にも伝えていない。

『それはカン?』
「そんな、電気信号コードは、無いよ」

でも僕は、この感覚の名前に、”直感”意外がふさわしいとは思えない。
今回も誰かが後ろで、”合法的に”支援した気がする。――ああ、僕は昔からこうだった。存在しないと公的に発表されているのに、”カン”がするのだ。予感・直感。だから僕は、そんな言葉は大嫌いだった。

翌日。

僕は、光触装服ホログラムアバターで服を着替え、駅へと向かった。東京から大阪までは約1分。仕事に行く前に、”家族”の顔を見ることにしたのだ。

「よく来たな」

彼は、僕と同じく届けられた子供で、戸籍上の兄だ。個人集合知空間――ONE-LOVEを運営しているから、STATION経由で顔を合わせることが多い。だからこそ、たまに、直接足を運ぶ。

「トーマくんは元気?」
「そう言う質問をする時は、大抵お前に元気がない時やろ、はかな
「同僚と上手くやれる気がしないんだ」
「相性診断は?」

僕は俯いた。巻無良さんと僕の相性は実のところ、とても良い。恋愛相好人ですらある。当然だ。学知システムの推奨した、最高の職場なのだから。この世界、職場恋愛は多い。

「寝るだけでも、寝てみれば?」
「……帰るね」

学知システムは、SEXを推奨している。親交が深まるからと義務教育で習う。
そんなこんなで僕は大阪を後にした。



そのままホログラムアバターを変えて、スーツ姿になり、職場へ向かう。すると巻無良さんが煙草を吸っていた。有害指定吸引物だ。溜息が出た。有害指定はされているが、税の関係で、煙草は存在を許されている。

「何だ、実家にでも行ってきたのか?」
「……何故ですか?」
「カン」

巻無良さんは、そればかりだ。
そしてそのカンは当たってばかりだ。

「どうしてそんな不確かなモノが当たるんですか?」
「集合知に適性が測れない意味を考えろ」
「……巻無良さんは、全てに適性ありでしょう?」
「”無”には劣る」
「嫌味ですか? 誰にもそんな事言われたことがありませんよ」
「集合知は、よりまさる知性を判別できないと俺は思うけどな」
「存在しません。そんな人間」
「お前」

やっぱり馬鹿にされているみたいだった。

「集合知に”カン”があると思うか?」
「無いと思います」
「俺はあると思う。ただ全体を俯瞰して処理をする”過程”を、人は直感的に悟り、集合知には演算ラグが出るけどな」
「論理的なら、それは”カン”じゃない」
「カンだって言うカン。それより――お前、童貞?」
「セクハラは同性でも立証できます」
「お前は訴えない」
「なッ」
「これもカン。お前はそうだな、今日あたり俺と寝るか?」

その日の夜、僕は巻無良さんの家に行った。