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夕食前に目を覚ました僕は、着替える時に手袋を用意した。
魔術師は手の保護を許可されているから、公的な食事の場であっても、第二関節より先が露出しているタイプのものに限り、手袋の着用が認められているのだ。勿論これで指輪はみえなくなる。隠そうと思ったわけではないが、まだ辞めるかも知れない上、いちいち話すのが面倒なので、父もそろってから一度に話そうと決めたのだ。
呼びに来た家令のヘンリーの後に従い食卓へと向かう。座る直前、ユリウスが何か言いたそうに手袋を見たことに気がついた。しかし僕は、知らない振りをした。なぜならば、妹に声をかけられたから、そちらの応対に気を取られたのだ。

「ネルお兄様!」
「元気だった?」

妹のルナマリアは、白磁の頬を桃色に染めて、大きく頷いた。
それから母を経由して受け取ったハンドクーラーについて、すごく気に入ったと嬉しそうにお礼を言ってくれた。こんな風に喜ばれると、買ってきた甲斐がある。頷きながら話を聞く僕に対して、妹が勢いよく話し始めた。
こうして夕食が始まった。母と妹は、昨日の母と姉同様、ずっと口を開いている。僕は適度に相づちを打つ他は、聞いているだけで良かった。
僕は食べながら、愛らしい妹を何度か眺めた。

何とはなしに考える。僕は、使用人を除けば、家族しか女性と話をしたことはない。
ごく稀にいとこの王女殿下達と会話したこともあるが、大分昔に数度きりなので除外しても良いかも知れない。よって、祖母・母・姉・妹を思い浮かべた。

まず僕の父方の祖母は、女性にしては背が高い。
結い上げた髪とヒールを含めれば、百七十センチはある。姉は祖母に似たのだ。
そして細い。祖母は銀色のまっすぐな髪に、紫色の瞳をしている。
一方、母は、女性としては極平均的な身長だ。
百五十五センチほどである。緩やかな巻き毛の金髪で、目の色は青だ。
母も華奢なのだが、細い割に、やわらかい。
そして姉は、百六十センチ後半代の身長だから、装いによっては祖母よりも高身長になる。また、母方の王太后陛下に似たようで、細身なのだが、胸元が豊かなのだ。髪の色も王太后陛下によく似ていて、癖のある赤毛で、目の色は黄土色である。
最後に目の前にいる妹について考える。妹は、とても小柄だ。百五十センチぎりぎりの身長である。髪型と靴で付け足しても、百六十センチには届かないだろう。妹は銀色の髪に緑色の目をしている。

全員、色彩も体型も全然違う。性格も違う。だが、血の繋がっていない祖母と母の組み合わせを抜き出したとしても、僕は彼女たちにはどこか共通した雰囲気があるような気がする。間の取り方や仕草なのかも知れない。それこそが、今朝ユリウスが言っていた、『見れば分かる』ところなのではないかと推測している。

次ぎに、祖父と父と兄についても考えてみる。

祖父は、灰色の髪をしている。切れ長の目をしていて、その色は緑だ。
父は、祖母そっくりのアーモンド型の目で、色は髪も同じで腐葉土色だ。
兄は、祖父そっくりの切れ長の眼差しで、目の色は青い。髪の色は漆黒だ。
最も身長が高いのは父である。父、兄、祖父、僕の順だ。
百九十二センチ、百八十七センチ、百八十三センチ……百七十八センチ……。
肩幅は兄が一番広いと思う。
ちなみに僕の色彩は、黄土色の髪に同色の目だ。あまり目立たない色彩だ。

果たして僕達には、共通している事はあるのだろうか。
思いつかないでいる内に、食事は終わった。
昼寝をしたというのに、僕は夜もぐっすりと眠ったのだった。

次の日は、妹と朝食をとった。本日は、兄が帰宅する。父は明日だ。
それはそうと、僕は生活感のない自室で、ぼんやりと本棚の前に立った。
本日も特務塔に出かけようと考えているのだが、暇つぶしの道具を持って行かなければならないらしい。例えば何が良いのだろう。無難なのは、書籍を開いて、ぼんやりとする事だ。読書する気分ではないが、考え事をして座っているだけだと気を遣われる。だから読んでいるそぶりをするための小道具として本を持ち、思索にふけるのが良いだろう。また飲食可能と聞いたから、何か飲み物でも持って行くことにしようか。出現魔術で都度取り出しても良いが、僕はあまり人前で魔術を使うのは好きじゃない。水筒にいれていくのが良いだろう。ちょうどローランドにいた頃に、新商品の水筒を貰って、空間魔術でしまっておいたから、それを使おう。あの品は、今ではローランドでは普及しているから、目立つこともないと思う。中には甘酸っぱいフレーバーティをいれた。

特務塔に向かい、午後一時丁度に、扉をノックしてから中に入った。

「おはようございます」
「おはよー! 本当に来たんだ……!」

窓側のソファに座っていたキースが顔を上げた。まじまじと僕を見ている。
雑誌を広げていたようで、それを閉じてバサリとそばに置いた。

「適当に座って。そっち側のソファ使って良いから」
「有難うございます」
「寝そべっても良いからね!」

頷き、僕は扉側のソファに座った。これから夜の七時までここにいれば良いのだ。それで六時間となる。だが、はじめから気合いを入れて励もうとも思わない。まずは慣れよう。だから言われたとおりに、二時間したら帰ろうと考えている。
なお僕と彼の姿しか、室内にはない。他にも所属している人はいると思うのだが。

「あ、暇つぶしの道具は持ってきた?」
「本を」
「良かった」

それから僕は、本を開いた。以前読んだことがあるので、どこに何がかいてあるのかは分かっている。だから適度な速度で捲りつつ、視線も読んでいる風に動かしつつ、僕は座っていた。フードを被っているから、視線まで気を遣う必要はないのかも知れないが、念のためだ。その日は、そのまま終わった。僕は三時になったので、本を閉じた。

「お疲れ様です」
「あ、お疲れ!」

そうして僕は帰宅した。すると兄がすでに帰宅していた。出張後、そのまま家に戻ってきたらしい。僕は、兄への土産には、ハンカチを買ってきた。顔を合わせた兄は、そのお礼をひとしきり口にしてくれた。水滴を除去し、消毒する魔術が込められた糸で刺繍がされているから、使いやすい代物だ。

「ネルは、いつまでこちらにいるんだ?」

暫く雑談していると、兄に聞かれた。こちら、か。この邸宅という意味ならば、一ヶ月程度と考えている。仕事が上手くいきそうならば、寮に越すつもりだから。仮に駄目でも僕は、他に家を探そうと考えているのだ。

「一ヶ月くらいかな」
「丁度良い。俺の騎士団に見学に来ないか?」

その言葉に、僕は、兄に特務塔の事を話すか思案した。父に話す前に反応を見たい気もする。僕と兄は、仲が良いと、少なくとも僕は思っている。兄ならば、冷静に意見をくれるかもしれない。意見というのは、例えば、社会人としての心構えなどだ。

「ねぇ、ロイド兄上」
「断る前に、もう少し考えてみてくれ。さて、そろそろ夕食だ。下に降りよう」

そう言う事じゃなかったのだけど。僕が伝える前に、兄は僕の部屋を出て、階下に向かってしまった。まぁ良いか。僕も食事に向かうことにした。母と兄妹と、そろって夕食を食べた。本日は、主に兄の出張先の話だった。伯父上である国王陛下が、公務で、エスメラ教大聖堂に礼拝したのだ。兄が団長を務める第一騎士団は、近衛騎士団と共に、その護衛とパレードにかり出されていたそうである。兄は、前戦で戦いたいとぼやいていた。

お風呂に入って、その日もぐっすりと眠った。
そして僕は、翌日も午後一時から午後三時までは特務塔で過ごした。本を広げて。
キースは雑誌を読んでいた。
帰宅してから、僕は少し考えた。本日は、父が帰ってくるのだ。特務塔のことを今度こそ話した方が良いだろう。しかし、そうはならなかった。その日、父と兄が帰宅したのは、深夜の十二時近かったのだ。顔を合わせると父は、僕を抱きしめた。もう抱きしめられるような年齢ではないのだが、大人しく従っておいた。お土産に渡した万年筆は大層喜ばれた。父は、会いたかった会いたかったと繰り返し、ひとしきり話すとお風呂に入って眠ってしまった。僕は、後日話す事にした。落ちついてからの方が良いだろう。