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それからも僕は、毎日午後一時から午後三時までは特務塔へと向かった。
相変わらず、僕とキースしかそこにはいない。キースは雑誌を読んだり、お菓子を食べたり、観葉植物を持ち込んで世話を始めたりしていた。真っ赤なポインセチアだった。もうすぐエスメラ教規定の聖夜があるから、その準備かも知れない。エスメラ教を伝導したという聖人、イージアスの聖誕祭だ。イージアスイヴ、イージアスデイ、の二日間を祝う。

家では、僕の誕生日を祝ってもらった。両親と兄妹、姉夫婦と甥姪がお祝いしてくれた。一同そろってケーキを食べたのは、何年ぶりだろうか。義兄とは初めてだけど。プレゼントを沢山貰った。各王子殿下達、王女殿下達もプレゼントをくれた。僕は、王族のいとこ達とは、プレゼントのやりとりと手紙のやりとりをしているのだ。隣国にいる祖母側のまたいとこ、即ち隣国の第一王子殿下と第一王女殿下とも同様である。祖父母や王太后陛下からもプレゼントが届いた。僕はとても恵まれているだろう。母は多くを招いてパーティを開こうとしていたのだが、僕が全力で断った。

その年は、イージアス期間から年末年始は休んでも良いんだよと、キースに念押しされた。そこで僕は、午後一時から午後三時もその期間は、家で過ごした。寮の件は、年明けにキースに相談することにした。新年を祖父母以外の家族と過ごすのも久しぶりで、新鮮だった。年明けは、一月の十一日から開始だった。僕はその当日になるまでの間、家族に特務塔の事を話すのを失念していた。そして、指輪を受け取って一ヶ月間が過ぎていることも忘れていた。不採用とは聞いていないから、多分採用されたままだと思うのだ。

十一日に特務塔に行くと、そこにはキースの姿があった。
新年の挨拶をしてから、僕はソファに座り、本を広げた。
それから数日が経ってから、僕はキースに寮の件を切り出すことにした。

「キース」
「どうしたのー?」

僕から彼に話しかけたのは、この日が初めてだった。少し驚いたような顔をしていた。

「寮に入りたいんだけど」
「ああ、僕の隣の部屋が空いてるよ。特務塔専用の寮があるんだよねぇ。えっとね、これ、鍵。好きに使って良いよ。契約してる食堂が隣にあるから、言えば朝と夕はそこで無料で出してくれる。鍵を受け取った瞬間から、給料から寮代が天引きされるんだ。住まずに休憩用の部屋にしてる人もいるよ。自由に使って。特務塔の転移魔法陣で、寮の一階に直通できるから」
「ありがとう」

僕は、キースが出現魔術で取り出した鍵束から、ひとつ受け取った。
キースはその後地図をくれた。鍵には、304と書いてあった。僕の部屋は、304号室らしい。この日も午後三時に帰ることにした。しかし家には帰らず、寮を見に行くことにした。言われたとおりに魔法陣で移動した。

寮は四階建てだった。一つのフロアに五部屋ある。一階だけ二部屋だ。三部屋分のスペースに移動魔法陣があるのだ。移動魔法陣の中で、もっとも小規模な術式で、三部屋分だ。ようするに、一部屋ごともとても小さく狭い。僕は自分の部屋に向かい、何もない室内を見た。シャワーはあるが、バスタブはない。かわりに、トイレがあった。僕が初めて見る浴室の形態だった。広さは、僕の王都の自室のクローゼットほどだろうか。クローゼットは十畳だったはずだ。多分、もっと狭いから、八畳……いいや、六畳くらいだろう。二畳程度のキッチンをあわせて八畳くらいだ。大きな窓が突き当たりの壁一面にある。押入があって、その側には、備え付けの縦長の鏡がはめ込まれていた。僕は狭いところが好きなので、とても気に入った。寝台と机が欲しい。暇つぶしに持って行く本を収納する本棚もあった方が良いだろう。だが、僕が空間魔術で収納している寝台は、多分この部屋に入らない。かろうじて、ソファならば入る。あのソファは、寝心地も良い。よし、ソファで眠ることにしよう。テーブルも、セットのものがある。僕は早速設置した。床には、絨毯を敷いた。適度なサイズに、魔術で加工した。本棚は今度買いに行こう。私物は元々あまり無い。衣類は、公爵領と王都のそれぞれの自宅のクローゼットから、都度、空間を繋げて魔術で取り出せば問題ない。早速今日からここで暮らしたい。しかし、家族にお世話になったお礼を伝えてきた方が良いだろう。そこでこの日は帰宅した。

夕食時、両親と兄妹の前で、僕は久方ぶりに自分から口を開いた。

「明日には、家を出ようと思います」

するとみんなが息を飲んで僕をじっと見た。居心地が悪い。

「もう帰ってしまうの?」

母が泣きそうな顔で言った。どうやらお祖父様の所に帰ると思っているようだ。ちなみに母は、僕が午後一時から午後三時まで出かけるのは、王宮の庭園を散策しているためだと思っているらしい。たまに『おすすめの庭園』を教えてくれたからだ。王宮には、色々な庭園があるのだ。僕は一度も否定しなかった。

「このまま王都で暮らさない?」

母が僕を引き留める。勿論僕は今後も王都で暮らすのだが、言葉を探すことになった。
父と兄も、口々に僕を引き留め始めた。勿論妹も。家族は、帰らないで欲しいと口にして、盛り上がった。違うのだと僕は何度か言おうとしたのだが、みんなの会話は止まらない。困っていると、父がそれに気づいてくれた。

「ネルがそう決めたのならば、決めたことを尊重しようではないか」

しかし、少し斜め上だった。その後家族達は、寂しくなると口にし、別れを惜しんでくれた。別に公爵領地に戻るわけではないのだが、確かに寮にはいるというのは僕の決定なので、それを尊重してもらうことにした。何度も特務塔と寮の事を話そうとしたのだが、言葉を挟むタイミングが無かったのだ。まぁ良いか。僕は、お世話になったとお礼を告げた。

いざ引っ越しの日。僕は、馬車を用意されると困るので、皆が起き出す前に移動魔法陣へと向かった。使用人達も起き出す前だ。テーブルの上に、感謝の言葉を綴った手紙を念のためおいてきたから、大丈夫だと願おう。そして、一度特務塔に向かった。寮へ向かうために、経由する必要があったのだ。

特務塔には、人の気配があった。まだ、午前四時台だ。誰だろうかと少し考えた。だが、僕が感知した気配は、魔力で、それは今では馴染みあるキースのものだとわかったので、気にしないことにした。キースは早起きなのだろう。もしくは遅くまで仕事をしているのだろう。仕事というか、だらだらとして眠ってしまったのかもしれない。僕は、深く考えないことにしたのだ。そのまま寮へと向かった。

自室に入り、僕は新たなる日々を、頑張ってみようと決意した。