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「は? ネルレインきょ……はああああ!? ええええええええええええええ!」

キースが叫んだ。それからパクパクと唇を震わせて、僕を二度見した。
何か悪いことしちゃったな。
僕の隣人であるグレンさんは、片手で目を覆っている。

食堂の常連さんのランドさんは、思いっきり顔を背けていた。

これは、僕が収拾しないとまずい。それに、あるいは丁度良いタイミングかも知れない。
職務内容を聞かれたら、キースに聞いてくれと言えるからだ。
僕は一歩前に出て、騎士達を見渡した。

「特務塔勤務魔術師のキース・ルレイド氏は、フェザークラフト王国職務規定第三項黒朝顔の掟で保護される職務上の先達に該当する、僕の同僚です。剣を降ろして下さい。勘違いを招き申し訳ありません」

僕の声に、反射的に、兄以外の騎士は全員膝をつき最敬礼をとった。僕は王族ではないが、騎士は王族に準じる扱いで公爵家の人間を守る義務があるためだ。本人が騎士である兄と父は例外だけど。僕が「楽にして下さい」と告げると、彼らはやはり反射的に立ち上がった。そしてその一連の動作が終わってから、皆がやっと言葉を理解したように僕を凝視した。

騎士達だけではない。キースを含めた王宮に勤務する魔術師達以外全員が驚いている。兄妹と殿下も僕をじっと見ているのが分かる。ちなみに魔術師四人の反応は。まず宮廷魔術師のランドさんは両手で顔を覆ってしまった。グレンさんは俯いて震えている。ラスクさんは唯一余裕がみえる笑顔だ。キースは僕を見ては首を傾げ、それからまた僕を見るという動作を繰り返している。眉を顰めたり無理に笑みを浮かべたり百面相していて、青くなったり赤くなったりしている。困ったな、すごく僕は今、目立っている。

こういう時は、早々に乗り切るに限る。

僕はとりあえず、兄を見た。目が合うと兄は腕を組んで、僅かに首を傾げた。
兄がこの仕草をする時は、甘いものを欲している時だ。そして兄が甘いものを欲する時というのは、現実逃避したがっている時だ。受け入れたくない現実があると、兄は生クリームに逃げるのだ。

続いて僕は妹を見た。妹は頬に手を添えて首を傾げていた。もう一方の手の人差し指が震えていた。妹のこの反応は、耳を疑っている時だ。目を疑っている時でもある。信じられない出来事に直面した時、妹はこういう反応をする。

それから殿下を見た。殿下は、僕を見て何度かゆっくりと瞬きをした。そしてキースへと視線を向けて暫くじっと見た後、再び僕に顔を向けた。

「いつ就職したんだ?」
「十一月に」
「じゃあ噂の美人魔術師ってお前か」
「噂の美人魔術師?」

美人って男に対しても言うのだろうか。それに噂とは何だ。
僕が首を傾げていると、周囲の人々が何か言いたそうな空気を醸し出した。魔術師の中で三人だけは相変わらず顔色が悪いが。

「風の噂で特務塔に新人の魔術師が入ったと聞いた。少なくとも時期的にそれはネルだな」

噂になるのかと考えながら、僕は頷いた。だけど僕は何もしていない。入ったこと以外には話題にならないだろうな。

「特務塔ってどんな仕事をしているんだ?」

そして僕が覚悟していた質問が来てしまった。さて、どうしようか。

僕はキースに振り返った。キースはぼんやりと僕を見ていた。そして少ししてから視線に気づいて、慌てたように首を振った。答えたくないという表情だ。どうしよう。

「見学を常時受け付けてるみたいです」

僕がそう言うと、キースとグレンさんが勢いよく咽せた。

「なるほど。じゃあ今度俺も見に行くよ」

殿下が小さく吹き出した。本当に来るんだろうか。殿下の性格的に、来そうだ。

「確か、特務塔は副業を許可しているんじゃなかったか?」

続けて聞かれた。そうだったはずなので、僕は頷いた。

「副業は何をしてるんだ?」
「特に何もしてません」

腐竜退治には給料が出ないし。医療塔の予備魔術師は副業とは言い切れない。

「じゃあ外交府に来ないか? 春から俺は外交官になるんだ。ネルがいてくれたら心強い」

この国では、第一王子殿下以外は、就職できるのだ。多くの場合、外交府が選ばれる。なぜならば生まれた時から、外交を担当しているようなものだからだ。歴史的に公爵家の人間も外交府に就職したケースは多い。そのためなのか、幼い頃から僕も様々な外国語を習ってきた。文化やマナーもである。勿論、僕は外交官になる気はない。断る言葉を探していると、兄が「そうか……!」と呟いた。

「ネル、そういう事なら、第一騎士団に是非来てくれ!」

兄が一歩前に出た。結構何度も断ってきたと思うんだけど。

「ロイドさん、俺が誘ってるんです!」
「悪いな殿下、これは譲れない」

二人は気さくな口調だが、誰も咎めなかった。

「ネルレイン卿、第一騎士団に限らず王立騎士団は卿を歓迎します。お約束します。よろしければ、空き時間に一緒に訓練だけでもいかがですか? いえ、ご視察だけでも構いません」

兄上の副官さんに言われた。近親者以外に言われると、非常に断りにくい。だがここで断らなければ、行かなければならなくなるだろう。迂闊に頷いたら、後悔するのは僕だ。

「近衛騎士団も大歓迎です」
「ぜひ!」

さらにはそう言われた。困ったなぁ。

「お誘いして良いんなら戦略魔術師も一同大歓迎しますよ」

ついに吹き出した子爵に言われた。すると焦ったように食堂の常連さんが声を上げた。

「待って待って待って、それなら宮廷魔術師だって来て欲しいですよ!」
「いやいやいや、戦略魔術師が良いです」
「絶対宮廷魔術師です!」
「騎士団に決まってます」

副官さんが言い合いに参加した。その後口々に皆が、所属する組織の利点をあげ始めた。すぐに僕云々ではなくて、第一騎士団VS近衛騎士団VS宮廷魔術師VS戦略魔術師VS文官(外交府および財務府)VS研究職の口論に変わった。剣士と魔術師と文官は、元々あんまり仲が良くないと聞いたことがある。

また、なんと先生が、研究塔はどうかと声を上げてくれたのだ。ちなみに妹は近衛騎士派だ。戦略魔術師兼特務塔勤務のグレンさんは、時折戦略魔術師の利点に頷いてはいるが、困ったように首を捻っている。そしてキースと視線を合わせている。キースは狼狽えたように周囲を見渡している。

この中からどうしても無理に副業を選ばなければならないとしたら、研究塔一択である。だが、僕はそもそも副業をする気はない。いずれの試験も受けたくないからだ。早起きも残業も無理だ。

「お前達、何をしているんだ?」

そこへ父がやってきた。ぴたりと口論が止まった。妹と殿下と僕以外、皆礼を取る。兄は部下としての礼をしたのだ。父の許しに、皆が立つ。それを見てから、妹が言った。

「お父様はご存じでしたの? ネルお兄様が、特務塔で働いていることを」

ルナの声に、父がびくっとしてから、僕を見た。

目が合うと、父がうかがうような表情になった。知っていた風である。お祖父様に聞いたのかも知れない。もしくは執事のユリウスに見学に出かけたことを聞いて、推測したのかも知れない。自分の口から言いたかったんだけどなぁ。タイミングがなかったのだからしかたがないか。