13
次に目を覚ました時は、フェリー乗り場だった。この辺りには雪が無かった。いつの間にか高速道路の乗り降りを終えていた。酔い止めを差し出されたので、素直に受け取る。それから船で三時間。簡単に軽食を取りながら、僕は森永さんとともに座っていた。すると森永さんが目を細めて、斜め前方の席を見据えた。
「あの女知ってる」
その言葉に振り返ると、気の強そうな美人が座っていた。肉感的で、胸元に視線が行きそうになってしまった。
「渡瀬川の首切り事件を解決した名探偵だ」
そういえば、そんな名前の猟奇殺人事件をテレビで見たような気もする。
「その向こうの席のお子様は、この前ウイルステロを阻止した少年探偵」
「テロ……」
現代日本が安全だとは僕はもう思わないが、不穏すぎる言葉だ。
「あのフェンスのところでバラ持ってる馬鹿は覚えなくてもいいけど、他は覚えておいて損はない」
その言葉にフェンスに視線を向けると、キラキラしたイケメンがいた。チョコレート色の髪をしていて、バラを一本持っている。なんだろう、あのバラ。
「あいつは自称名探偵だ」
「自称?」
意味がわからないなと思っていると、森永さんが天井を仰いだ。
「如月を自分の助手だと言ってるが、推理は外れる。あいつと逆のことを言ってればむしろ正解だ。常に面倒ごとに首を突っ込もうとする上に、謎でもなんでもないものまで謎にするから、あんまり近寄らない方がいいぞ」
世の中には風変わりな人もいるのだな。僕は望んで厄介な事柄に関わりたいとは思わない。平穏に生きて行きたい。そんなことを考えているうちに、フェリーは時計島についた。
時計島には、十二の塔がある巨大な城がたっていた。館というか、城だった。中世欧州風とでも言えばいいのだろうか。城の周囲には小さな川があって、橋を渡って中へとはいる。ロココ調? ゴシック様式? きっとだいぶ違うのだろうが、その二つのいずれかに分類されるようなイメージだ。僕は建造物に詳しくない。
「探偵は、1人から3人までコンビを認められているんだ。俺は今から警察官じゃなくて、皐月君と組んでる一探偵になる」
森永さんがそう言いながら、応接間の中へと入った。僕も着いて行く。そもそも僕は探偵じゃないのだが。中はすごい人混みだった。
「僕の助手にしてあげるって言ってるじゃん」
「遥斗を助手にするのは私」
そこでは如月さんが大勢の人に囲まれていた。船の中で見た男の子と女の人が、如月さんの左右に張り付いている。キラキラした自称名探偵は、壁際でバラを弄んでいた。僕はその真正面の壁に、ピタリと背を当てた。三十人くらいいるのではないだろうか。周囲を眺めていると、僕の隣で森永さんが腕を組んだ。
「ここにいる全員が、過去に如月が助手をしたことがある探偵だ」
だとすると少なくとも三十件、皆三人組だとしても十件は、何らかの事件があったのか。やはり外界は怖い。そんなことを考えながら如月さんを見ていると、視線があった。射抜かれるような眼差しで、ぞくりとした。初めて会話をした日のことを思い出した。
「森永……なんで連れてきた?」
歩み寄ってきた如月さんが、森永さんを睨めつけた。つめより、さらに言葉を続ける。
「さっさと帰れ。そいつはダメだ」
どうやら、僕が来たのは迷惑だったらしい。
久しぶりに声を聞いたわけだが、挨拶をしている空気でもない。
「そんな言い方はないだろう。皐月くんだって名探偵の一人だ。謎を解く権利はある。探偵選抜試験の受験資格は、過去に名探偵経験があるもの一人を含む、だからな」
「とにかくダメなんだよ、そいつは」
如月さんは僕を見ない。
とりあえずダメだしされた。やっぱり僕はダメなのだ。来たことで迷惑までかけてしまった。その上、雰囲気的に、顔も見たくないほどに僕は嫌われていたようだ。
「違う。どうしてそうなるんだ」
すると吐き捨てるように如月さんが言った。それから僕の頭の上に、ぽんと手を置いた。妙に優しく思えた感触に、少し安堵する。嫌われているわけではないのか。違うということは、もしかしたら僕のことを心配してくれているのだったりして。何せ僕は病気だからな。
「別に、心配なんてしてない」
如月さんが顔を背けた。
まぁ如月さんが、僕の心配などする理由はないか。
そう考えていると、森永さんが咳払いした。
「おい、心の中で会話をするのはやめてくれ。ところで如月、青井とタカノはどこに行ったんだ?」
その言葉に、僕と如月さんは揃って顔を向けた。
それから僕はハッとした。如月さんに、他者の心の声が聞こえるなんていうのを、すんなりと受け入れそうになっていてまずい。違う、違う、先ほどのやりとりは、如月さんが僕の表情から考えていることを推測しただけに違いない。僕は顔に出やすいのだろう。
だがその力が事実だとして、この部屋に青井さんとタカノ君の姿はない。どの程度の距離があっても条件が揃っているということになるのだろう? 僕にはそれがわからなかった。
「あの二人は先に夕食の席に行っている。俺も行く。じゃあな、さっさとリタイアして帰れ」
如月さんはそう言うと部屋を出て行った。