【003】カジノとBar
ルーレットが回っている。
場所は、地下にあるカジノだ。金を賭けてはいないから、という、若者と富裕層のただの飲酒の場、という名目で限りなくグレーながらも合法で見逃されているそのカジノに、雨宮は足を踏み入れた。
進んでいくと、銀髪の長い髪をした青年と金色の髪をしてヘッドフォンをつけた青年が、そろってルーレットを見ていた。赤か、黒か。
「おい」
雨宮が声をかけたのは、金髪の青年だ。
鴻巣昴である。
二十三歳のその青年は情報屋を名乗っている。元々、草壁が協力者とした民間人だ。当時はまだ若かったが、今は成長し、情報の精度も上がっている。
「俺の勝ちだな」
「アラタ! くっそ」
アラタと呼ばれた銀髪の青年は、上機嫌でオモチャの金貨を巻き上げる。それにふてくされた顔をしてから、昴が雨宮に振り返った。
「なに?」
「草壁広親の居場所が知りたい」
「情報料」
「これで足りるか?」
雨宮が懐から封筒を取り出す。中には三十万円ほどが入っていた。
「ん。Barにいるよ、あのおっさんなら。今は主治医のセンセーと一緒」
「主治医? 草壁さんは病気なのか?」
「さぁね。追加費用」
「……なんというBarだ?」
「ハーミット。あとはどうぞご自分で! アラタ、もう一勝負!」
賭け事に興じている若者二人に辟易した顔をしてから、雨宮は踵を返した。
そしてハーミットと名の付くBarを調べていき、防犯カメラの映像から、ある半地下の店を特定した。車を最寄りの有料駐車場に停めてから、雨宮は入店する。ドアのベルが鳴った。カウンター席が目立つ、薄暗くレトロな店だったが、それなりに高級感が漂っている。シェイカーを振っているBarのマスターはまだ年若い。相楽時野だという名前も調べてあった。その彼の前に、並んで座る客が一人。片方は薄茶色の髪をしている。もう片方は――目的の、草壁広親だった。雨宮は、草壁の隣の隣のスツールを引く。
「ジントニックを」
そう注文すると、チャージのミックスナッツを置いた相楽が柔和に笑った。
それから雨宮は草壁を見る。すると草壁もまた、驚いたように雨宮を見ていた。
「久しいな、草壁さん」
「……、……雨宮……どうしてここに?」
「当然用事があったからだ」
「今更、今の俺にどんな?」
草壁は目を丸くしている。その目の下には、暗がりでも分かるほどの、赤いクマが見えた。眠そうな瞳をしているのは明らかだが、別に酒に酔っているわけではなさそうだった。
「寝ていないのか?」
思わず眉を顰めて雨宮が問うと、草壁が顔を背ける。
すると隣で飲んでいた青年――桐生瑛がふっと笑った。
「草壁くんは俗に言う不眠症だからね」
恐らくは主治医のはずだと思い、雨宮が桐生を見る。すると目が合った。
「不眠症?」
「そう。僕は草壁くんのメンタル面の、これでも主治医なんだ。精神科医。宜しく。初めてだよ、草壁くんの知り合いを見るのは」
そう語った桐生を、咳払いをしてから草壁が睨む。
「個人情報をペラペラと――」
「言ってはまずかったのかい? どうにもこうにも、きみの心配をしているように見えるけど」
「……ただの昔の職場の後輩だ」
草壁はそう答えてから、雨宮に向き直った。
「それで、どんな用件だ?」
「――ここでは話せない」
「そうか、ならいい。俺は朝まで帰らん」
「草壁さん、子どものようなことを言わないで下さい」
「うるさい」
「ならば、俺も朝までここで飲む」
そう言うと、ぐいっと雨宮がグラスを呷って空けた。草壁を、逃がすつもりはなかった。