【序章】 - 四話
電話が鳴り響いたのは、そんな時の事だった。
必然的に空いていた奏が電話に出る。
俺はそれを見ながら、ノートパソコンに向かい直した。
現在は、風紀委員会に提出する書類を作成している。
あとは見直しをするだけで完成だ。
「……はい。ええ、では」
短く答えて奏が電話を切った。個人宛のスマホへの電話ではない。
生徒会室備え付けの電話の受話器を置いてから、奏は俺を見た。
「時野、理事長からお電話でした」
「理事長から? 珍しいな。なんだって?」
生徒が絶大な権力を誇る学園だが、例外があって、それが理事長だ。
本人の色気もさる事ながら、卒業後の天隆学閥の要にいるからである。
卒業後も切れない縁を構築している陰の立役者が理事長だ。
「何でも、転入生が訪れるそうなんです」
「転入生?」
「生徒会からも迎えに出て欲しいとの事で」
「いつだ?」
「明日との事ですよ」
「時間は?」
「昼休みでした」
「明日の昼休みは、風紀委員長と臨時の打ち合わせだ。俺は無理だぞ」
目の前の書類もその為に仕上げている。
本日もこれから、簡単な打ち合わせの予定だ。
「奏、行ってきてくれ」
「仕方ありませんね」
微苦笑して頷いた奏を見て、押し付けて悪いなとも思う。
だが、こちらの手が離せないのは事実だ。
「俺は今から風紀に行ってくる」
「では僕は帰りますね」
そんないつものやり取りをした。
この時は、この平穏が崩れ去るなんて、考えてもいなかった。
ノートパソコンの電源を落として、俺は奏と共に生徒会室を出た。
階段前で別れ、俺はそのまま、まっすぐに特別棟を歩く。
生徒会室と風紀委員会室は、同じ棟にあるのだ。
風紀委員会室の前で、一度深呼吸をする。
それからノックをすると、すぐに返事があった。
『入れ』
「失礼する」
(見えないだろうが)不遜に頷き、俺は中に入った。
すると風紀委員長の紫峰が、執務机の前に座っていた。
黒い髪と瞳をしている。
もう少し笑顔だったら、爽やかだと表現出来なくも無いだろうが、その眼差しは険しい。
「書類だ」
「遅かったな」
いちいち癇に障る物言いをする紫峰。
俺と同じくらい長身で、整った容姿をしている紫峰は、迫力がある。
美形に睨まれると、ある種異様な迫力が生まれると、俺は紫峰を見て初めて知った。
美形は見慣れているのだが、抱かれたいランキング一位に、俺と共に君臨するだけはある。
紫峰の顔は、特別だ。
俺が投げるように書類を渡すと、無愛想な顔で受け取った風紀委員長がパラリと捲る。
「完璧だろ? 文句は無ぇだろうな?」
「そうだな。書類は完璧にするのが当然だが」
「……明日の昼までにじっくり読み込んでおけ」
紫峰は何かと正論を口にする。
しかし世の中は、正論だけで回っているとは、俺は思わない。
俺はそのまま、風紀委員会室を後にした。