【第一章】 - 二話




「犀堂様……」

 放課後。
 この日はさすがに眠気が限界で、早く帰る事にしていた俺に、伊咲理央が歩み寄ってきた。玄関で待っていた。

 伊咲は俺の親衛隊の隊長を務めている。

「なんだ?」
「その――生徒会の他の皆様が、放課後お仕事をなさっておられないようですが……」
「それで?」
「あの……あんまりにも犀堂様のお顔の色が優れないものですから……」
「……」
「何かお役に立てる事はありませんか?」

 眉根を下げている伊咲の心遣いは、正直嬉しい。
 だが俺も、この程度で疲弊しているとは思われたくない。
 だから無理に口角を吊り上げた。

「大した事じゃねぇよ。俺が誰だと思ってるんだ? 心配はいらねぇ」
「……っ、差し出がましい事を申しました」

 項垂れた伊咲を見て、俺はその頭にポンと手を乗せた。
 すると伊咲が頬を染めた。
 その場で伊咲とは別れて歩き出したが、実際には体力は限界に近い。

 肩が重く、全身が鉛のようで、眠気で意識が蒙昧としている。
 しかし俺が倒れたら、生徒会の仕事をする者が、それこそ誰もいなくなってしまう。

 体育祭の企画は、五人であれば少しずつ進めて行けば良いものだったが、現状では俺が一人で対処していると言える。

 もうじき、各委員会や部活との話し合い、クラスの学級委員達との話し合い、何より風紀との話し合いもある。

 気を抜くわけには行かない。
 ――中間テストも間近に迫っているが、とても勉強をする余裕が無い。
 しかし俺は、『犀堂』の人間だ。
 この程度で、弱音を吐くわけには行かないだろう。

 気を引き締めながら、俺は寮に戻り、この日は爆睡した。
 ――目が覚めると、周囲はまだ暗かった。
 午前四時半。
 俺は重い体を寝台から引きずって起こし、机の前に向かう。

「勉強も、しないとな……」

 そこには、相楽から貰ったプリントがある。
 だがタイミングが悪く、未だ手つかずだ。

 ――この時の俺は、生徒会の停止に気を取られていて、転入生が学園を混乱の渦に叩き込んでいる事は、まだ知らなかった。