【第一章】 - 五話
その時――目眩がした。
「犀堂!」
気づくと俺は、紫峰の顔を見上げていた。
その向こうには、天井が見える。
グラングランと頭の中が揺さぶられているような感覚がする。
「犀堂……っ、仮眠室か、とりあえず」
俺は紫峰の声を、どこか遠くから聞いている気分だった。
紫峰は俺を抱き上げると、少し歩いて、行儀悪く、生徒会室内から続く仮眠室の扉を足で開けた。
ぼんやりとしたまま俺は、寝台の上に下ろされる。
「保険医を呼んでくるか?」
「……いい。眠いだけだ」
「明らかに過労だろう」
俺の言葉に、紫峰が呆れたような顔をした。
それから紫峰は深々と溜息をつきながら、俺の額に手で触れた。
「熱は無いな」
「少し寝れば治る」
「今日の惨状を見ただけでも、無理をしているのが把握できたが」
「この程度……俺にかかれば……」
問題ないと言おうとした時、猛烈な眠気に襲われて、俺は意識を落とすように眠ってしまったようだった。
「……ん」
俺は窓から差し込んでいる月明かりを感じながら、双眸を開けた。
当初、自分が何処にいるのか理解できなかった。
上半身を起こす。
すると、椅子に座って腕を組んでいる紫峰が目に入り、思わず目を見開く。
一気に覚醒した。
「目が覚めたのか」
「あ、ああ……お前……ついていてくれたのか?」
「本当に睡眠不足からの過労とは限らないからな。もう少し起きなければ、保険医を呼ぶつもりで此処にいた」
「そうか……その……迷惑をかけたな」
「犀堂からも、そんな愁傷な言葉が出てくるんだな。意外だ」
「俺は紫峰が、俺の名前を記憶していた事に驚愕している。覚えているなら、二度とバ会長と呼ぶな」
「検討しておく。もう遅い。寮に戻るぞ」
「命令するな」
紫峰が立ち上がったので、俺も寝台から降りる事にした。
すると立ち上がった時、力が抜けて、ふらついた。
「馬鹿が!」
慌てたように紫峰が俺を抱き留めた。
その思いのほか厚い胸板に支えられ、俺は俯いた。
「本当に、悪いな」
「そう思うならば、明日はせめて休む事だな」
「それは……体育祭も近いからな」
「明日は土曜日だ。休む事もまた、仕事だと俺は考えるがな」
「……」
それは、確かに正論だと俺も思う。
だが、仕事が終わらないのだから、仕方が無い。
「明日だけでも休むと誓え。そうでなければ、俺は風紀として、生徒会の他の連中の調査をもっと本格化させる。率直に言えば、この機能していない生徒会全体のリコールも検討する」
「待ってくれ、それは……」
「俺も、また様子見をしている段階だ。だが、お前が明日も休日を返上して、その酷い体調にムチを打つようならば、見過ごせない」
「休む。分かった。休んでやる。一日くらい、俺にとってはどうという事も無い。生徒会には問題なんか無いからな」
俺は必死に『俺らしい言葉』を心がけたが、その声音が小さくなってしまったのは否めない。
気づくと俺は、紫峰の胸元の服を掴んでいた。
紫峰は俺の背中に触れ、支えてくれている。
ゆっくりと俺は床の上で、姿勢を正した。
その後俺達は、揃って仮眠室を抜け、生徒会室を後にした。