【第一章】 - 七話




「何か用か?」
「きちんと休養しているか、見に来た」

 紫峰はビル一階に入る高級スーパーのレジ袋を片手に下げながら、俺に言った。
 驚いた俺は、あからさまに首を捻ってしまった。

「それも風紀委員の仕事なのか?」
「今日は土曜日だ。俺はきちんと自分のスケジュールを管理している」
「……休みなのに、俺の事を見に来たのは、生徒会を潰すためか?」
「……」
「俺が働いているのを見つけて、リコールするつもりだったのか?」
「……そう思いたいならば、好きにしろ」

 俺の言葉に、紫峰が深々と溜息をついた。
 俺は小さく頭を振る。
 本当は、こんな事が言いたいわけではないのに、口から付いて出てきてしまったのだ。

「――悪いな。本当は、気遣ってくれたんだよな?」
「目の前で人が倒れたら、数日は気にもなる。どうせろくに食べてもいないんだろう?」

 そう言うと紫峰がビニール袋を持ち上げた。

「今日は何か食べたか?」
「いいや……それは……」
「胃に優しそうな食べ物の材料を買ってきた。中に入れろ」

 俺はその言葉に、一歩下がって紫峰を部屋に招き入れた。
 靴を脱いだ紫峰は、真っ直ぐにキッチンへと向かっていく。

「作ってくれるのか?」
「俺は自炊派で、相応に料理が出来る」
「……助かる。その、シャワーを浴びてきても良いか? 昨日、帰ってそのまま眠ってしまったんだ」
「好きにしろ」

 紫峰は気にした様子も無く、持参した黒いレプロンを腰で結んだ。
 それを見守ってから、俺はクローゼットへと引き返し、中から私服を取り出す。
 その後シャワーを浴びた。

 着替えて髪を乾かしてからキッチンに戻ると、良い香りが漂っていた。

「何を作ったんだ?」
「梅粥と、卵とネギの和風スープだ。固形物がしっかりと食べられるようならば、他に煮込みうどんを用意してやる」
「確かに最近は、10秒飯ばっかりだったが……――いや、その、お粥は有難い」

 全身が空腹に支配されている事は、理性では理解出来るのだが、食欲は不思議とこれまで無かった。

 てっきり多忙だからだと考えていたのだが、どうやら違ったらしい。
 席に着き、俺はレンゲを手に取った。
 梅粥が特に美味だった。その後スープまでゆっくりと食べ終えた頃には、少量だったというのに、俺は満腹感に襲われていた。

 どう考えても食が細くなっている。

「うどんはいるか?」
「いや、十分だ。有難うな」
「バ会長にも、お礼を言うという概念があったんだな」
「俺の名前を覚えているだろう? きちんと名前で呼べ、アホ風紀」

 軽口を叩く元気が、俺には戻ってきた。
 ――紛れもなく、紫峰のおかげだった。
 俺の心がほんのりと温かくなった。