【一】意識
琉月財閥に生まれた俺は、生まれた時から帝王学を身に着けてきた。
誰にも従わず、そしていかにして周囲を従わせるか。
そのためには、決して侮られるわけにはいかなかった。
だから当初は努力をした。血の滲む努力だ。
結果として俺は、小等部の頃にはあらかたのものを習得した。たとえば今、高等部の内部進学テストがあるが、10分で問題など解き終わった。それは勿論、過去に努力したからだ。だが周囲は、俺が何もしなくても、頭脳明晰な天才だから満点で当然だというまなざしを向けてくる。実際には違うが、その勘違いは実に都合がいい。だから今日も、俺は自信家のフリをして、ニヤリと口角を持ち上げ笑って見せている。
そんな日々において、俺は中等部の生徒会長をしていたし、高等部においてはそのまま持ち上がりで、二年生や三年生をおさえて、入学したらすぐに高等部の生徒会長になる事も決まっている。これは、新入生となる内部進学者も含めた、抱きたい・抱かれたいランキングの、抱かれたいランキングNo.1に輝いたから決定だ。二次性徴もとっくに終えた俺は、モテにモテている。この閉鎖的な全寮制の男子校では、俺は格好の恋愛対象らしい。
しかしながら、俺は誰の相手もしない。
『俺様を堕とそうっていうんなら、もっと自分を磨いてこい。釣り合うようになれ。あ? その覚悟もねぇのか? 遊ぶのすらごめんだぞ』
と、最初は冗談のつもりで述べていたのだが、今はそれが広まってしまった。
さらには親衛隊が結成され、俺に近づく者には、親衛隊の面々が制裁を加える。抜け駆けをする者は結果的にいなくなった。
……。
別に童貞を捨てたいという話ではない。
ただ、俺自身が恋愛を非常にしにくい状況下にあるのも間違いないだろう。
だが気持ちというのは変えられないもので、恋は結局堕ちるものである。
俺が最初に、現風紀委員長の風波青雅を意識したのは、それこそ振り返れば、中等部一年の入学式の時である。小等部からこの学園に通っていた俺は、全寮制になる中等部からはじめて校舎を移り、そしてそこで、中等部から外部入学してきた青波に出会った。
内部進学と外部進学では、受験時の成績のボーダーラインが違う。
また外部からの入学制の成績は、貼り出され、内部からの者は希望者のみ個人開示である。俺は個人開示をし、あと2点で満点だった事に満足し、今回も首席である事を疑わなかった。だから気まぐれに見た貼り出されている紙に、目が釘付けになった。
1位、満点、風波青雅。
これは俺が、人生で初めて敗北した記憶となった。
続いて行われた、中等部最初の体力測定において。俺は二次性徴が進んでいて周囲よりも大きかった上、体育の家庭教師もいたから、誰にも負けないつもりだった。だが、ここで俺は、俺と同位の結果を残した存在に気づいた。それもまた、風波だった。
何度も信じられなくて、瞬きをした。
どんな人物なのか気になり、その横顔を窺えば――あまりにも整った造形がそこにあったもので、目を見開いた。俺は容姿を褒められる事に慣れているが、誰かの顔を整っていると思ったのは、これが初めてだった。
以後、気づけば俺は、青波を目で追い、気にするようになってしまった。
このように優秀ならば、生徒会で同じになるかもしれないと、そう考えていた。俺の家系の男子は、皆この学園の卒業生で、全員が生徒会経験者だ。俺は当然、父と同じように快調になるはずだと言われて、ここへと入学した。場合によっては、その座を争うことになるかもしれないとすら考えた。
しかし風波は、風紀委員会に入った。
風紀委員会と生徒会は、学園内の二大勢力であり、かなりの権力を保証されている。それもあって、代々険悪な仲だ。俺は風波が敵に回ったのだと思った。それはそれで、非常に危険である。風波を目で追う意味の中に、俺の中では注意も加わった。
だが、一度も風波と目が合う事はなかった。気づかれていないのだろうと、そうとだけ、俺は考えていた。
けれどそんなある日――不意に、視線がぶつかったのである。
俺は思わず目を見開き、凝視してしまった。
すると風波は、不意に柔らかな笑顔を浮かべたのである。いつもは怜悧な表情か険しい顔ばかりしているというのに、本当に、急に。寮ほほを穏やかに持ち上げ、優しげに唇で弧を描いていた。そしてそれを視界にとらえた瞬間から、俺の胸は、おかしなほどまでに早鐘を打ち始めた。
この日、風波はなんでもないように視線を逸らしたし、俺達の間に会話はなかったが、以後俺は、自分が風波を意識していると、別の意味でも結論付けるしかなくなった。
これが、俺が恋に堕ちた瞬間である。
それはもう一年の頃の話であるから、もうすぐ卒業するこの三年の間、俺は何一つ行動を起こせなかった。きっと今後も、何も俺達の間には発生しないのだろう。
そもそも風波はどこからどうみてもタチであるが、俺もそう思われている。俺は別段風波を抱きたいわけではないし、俺が抱かれても構わないが、俺のようにガタイのいい、それこそ抱いてくれと周囲に請われるような男なんて、風波も押し倒したくないだろうなと考えてしまう。風波の方が俺よりも少し背が高いが、だからといって、俺が大きいという現実は変わらない。チワワには程遠い。
そんな事を考えながら試験の終了を待っていると、ようやく合図があった。
これで本日は、もう帰宅が許される。
俺は早々と答案用紙を提出した。