【四】





「え?」

 言われたと思っていた。
 ――いかにも風紀委員長が言いそうな言葉に思えたからだ。
驚いて目を見開いた僕の前で、背の高い委員長が少し屈んだ。
 僕を覗き込んでいる。

「何故、昨日あの場で話さなかった?」
「それは……」
「自分が制裁をされると恐れたか?」
「……」

 その通りだ。僕は自分で自分が不甲斐なく思えて、悲しくなった。
 そんな僕に詰め寄ると、風紀委員長がじっと僕を見る。

「それだけじゃない、か。水上の家とお前の家は取引先関係にあるんだったか」
「ど、どうして……」
「生徒の情報を風紀委員会では収集している」
「……」
「自分の保身、実家の保身――それを理由に黙っていたのか」
「……」
「それが正しいと思うのか?」

 僕は泣きたくなった。
 正しいとは思わない。だから、ここへ来たのだ。
 しかし言葉が出てこない。
 俯こうとした僕の顎に、風紀委員長が触れた。
 そしてグイと持ち上げた。

「甘いな」
「――え?」
「俺が正義の味方だとでも思ったのか?」
「……」
「当然、通報者の調書も取れば、加害者と思しき生徒にも話を聞く事になる。水上に俺が、通報者がお前であると、言わないと思ったのか?」
「!」
「俺が黙っていると考えたのか?」
「な」
「自分だけが安全な場所に、いられると思ったのか?」

 その時、風紀委員長が残忍な瞳をして、口角を持ち上げた。
 そこに浮かぶ冷酷な笑みを見て、僕は竦み上がった。

「言わないで下さい……!」
「どうしようかな」
「お願いです、それだけは!」
「俺は偽悪者よりも偽善者が嫌いなんだ」
「何でもします、だから――」
「何でも?」

 僕の言葉に、その時ピクリと風紀委員長が反応した。
 それから――それまでとは異なる、楽しそうな笑みを浮かべた。

「では、口止め料を貰おうか」
「え……?」

 僕は、この学園の基準であれば、決して裕福な方ではない。
 平均的だ。

「どのみち、俺が水上に伝えれば、お前は制裁を受けるだろうからな」
「……」
「そしてお前が言うか迷ったおかげで、唯出は既にその被害を被りそうになっている」
「……」
「ガラの悪い生徒に強姦されるよりは、マシな選択肢を提示してやる」

 風紀委員長はそう言うと、不意に僕の腰に腕を回した。
 驚いて押し返そうと手を上げた僕。
 そんな僕の手首を掴むと、ニヤリと風紀委員長が笑った。

「俺に抱かれるというのなら、黙っていてやっても良い」
「な」
「どうする?」
「……っ」

 僕は反論を持たなかった。
 僕を促すように、風紀委員長が歩き出す。
 そしてそばの扉から、仮眠室に入った。

 ガチャリと、施錠音が響く。僕は硬直した。

「ン」

 僕を扉に押し付けると、風紀委員長が噛み付くようなキスをした。

 ――この学園には、抱きたい・抱かれたいランキングなるものがある。
 生徒会長と同率一位の風紀委員長に、抱かれたいと願う生徒は多い。
 だが、風紀委員長は、率先して風紀を乱したりはしないはずだと、僕はこの時まで考えていた。

 自分が抱かれたいと思った事も無かった。
 それが、どうだろう。
 濃厚な口づけ、口腔を貪られると、それだけで僕の体は熱を帯びた。

「ぁ……」

 唇が離れた時、僕は力なく、風紀委員長の胸元に倒れ込んだ。