【第二話】犬猿の仲のトップ会談
会議は生徒会室がある特別館の二階にある小会議室で行うと定められてる。
委員会館にある風紀委員会室をあとにして、俺は目的の場へと向かった。
開始時刻は、午後四時の予定だ。
まだSHRの時間であるが、生徒会役員と風紀委員は、授業を免除されているので問題はない。
この免除の関係で、特に風紀委員は成績優秀者から選ばれる。
ただし生徒会とは異なり、基本的に勧誘制であり、委員長といった役職は前任者の指名で決まる。生徒会役員よりは余程健全な決定方法だと俺は思うが、正直俺は風紀委員になりたかったわけでもなければ、ましてや委員長になりたいと考えた事もなかった。
『榛瀬に対抗できるのは、お前だけだ! 頼んだぞ、嵯伊』
これは、前委員長の言葉だ。既に卒業してしまったのだが、何故なのか俺の一学年上を指名せずに、学年を飛ばして俺を指名してきた。まぁ、言葉の通りなのだろう。俺は確かに榛瀬に口論を挑まれたら、言い返していた。
嵯伊篝が俺の名前だ。
俺の生まれた嵯伊家は、ごくごく平均的な一般家庭である。
即ち俺も奨学生かつ特待生だ。
中等部一年次に、中等部の風紀委員会へと勧誘され、そのままこうして風紀委員会に所属している。成績優秀者は特待生ばかりなので、風紀委員会には似たような境遇の生徒も多い。なおこれには利点もあって、家のしがらみがないため、大財閥の跡取りである榛瀬にも気にせず注意が可能だというのはある。
嘆息してから、俺は小会議室の扉を開けた。
「遅かったなァ、風紀委員長様。この俺様を待たせるとは、いい度胸だ」
すると開口一番、榛瀬がそんな事を言った。
待ち合わせ時刻の、まだ十五分前だ。
「悪いが風紀委員会は、生徒会と違って多忙なんだ。無駄なタイムロスは控えている」
「仕事が遅い言い訳か」
「仕事が楽なバ会長とは違うという話をしている」
俺が目を据わらせながら席に着くと、榛瀬は吐き捨てるように吐息した。
「それで? 今日は何か議題はあるのか? 無いなら帰らせてもらうが」
単刀直入に俺は切り出した。
それから腕を組んで、改めて榛瀬を見る。
186cmの長身である。俺も178cmなので決して低いわけではないが、8cmの差は、さすがに大きい。榛瀬にはどこか威圧感がある。
「落ち着きがねぇな、アホ風紀は」
「忙しいんだ」
「――そうだ、聞いたか?」
「結論から話してくれ。時間の無駄だ。一体何を?」
「いちいち小言が煩い」
「さっさと話せ、もったいぶるな」
「転入生が来るらしいぞ。さっき生徒会室に、理事長から連絡があったんだ。明日の朝、秋葉が迎えに行く事になった」
古日坂秋葉は、生徒会の副会長だ。
「学年は?」
「一年だと聞いたな」
「入学式も終わって、高校からの外部編入も終わった時期なのに珍しいな。そもそもこの学園が転入生を受け入れていると、俺は知らなかったが」
「初の例だと聞いている。理事長の甥だそうだ」
「なるほど」
「コネは強い。白橡学閥のコネとツテは特にな。ま、嵯伊には無関係の世界だろうが」
「ああ、その通りだ。俺には関係ない」
「……俺を敬わないのなんて、てめぇだけだぞアホ風紀」
「悪かったな。ほかに話はあるか?」
「俺からは特にない。逆にてめぇはなにも用意してこなかったのか?」
不機嫌そうに俺を見て目を眇めている榛瀬に対し、俺は腕を組んで溜息をついた。
「例のランキング。あれは廃止できないのか?」
「ああ、生徒会役員の選定に使うという校則があるからな、無理だろ」
「……改革とか、できないのか?」
「別に変えなくても困っていないからなァ。風紀委員は掲載されないのに、てめぇにもなにか問題があるのか?」
「人気が急上昇した生徒の周辺は、特に重点的に見回りをしなければならなくて大変なんだ」
「知ったことか」
疲れつつ告げた俺の声に対し、榛瀬は失笑しただけだった。
このようにして、やはりなんの成果もないまま、無駄な会議の時間は流れていった。