【第六話】一週間後
転入生が来てから、今日で約一週間だ。本日は金曜日である。まだ、たったの一週間だ。
しかし学園は混迷を極めている。体制の崩壊は、実に一瞬の事だった。
副委員長の楓先輩の言葉は正しかった。
あの後転入生は、同室の一匹狼を陥落させる事から始まり、1年S組という元々の人気者クラスにおいて、親衛隊持ちの生徒をどんどん攻略していった。陥落した生徒達の言い分は、『これまでは親衛隊のせいで、心から気を許せる友達ができなかった。それを変えてくれた藤竹に惹かれた』との事である。無論、親衛隊に所属する生徒は、荒立っている。
それは別クラス、別の学年へと広がっていった。
なによりタチが悪いのは、生徒会役員が転入生に構う事である。
話によると、なんでも出迎えに出た際に副会長は、作り笑いの後ろに抱える闇を見抜かれ、惚れたらしい。双子達は、自分を見分けてくれる点、個性を認識してくれる点に惚れたのだという。書記は無理に話さなくていいと言われて、心を開いたそうだ。チャラ男会計は、セフレなんてよくないと、下の緩さを注意されて、真面目なところに惹かれたらしい。会計には一言いいたいが、これまでの風紀委員会からの注意はなんだと思っていたのだろうか。そして奴らは、生徒会室に転入生を引っ張り込んでいる。バ会長もそれを注意している様子はない。
「……」
これだけでも頭が痛いというのに、俺にとって最悪の事態が発生した。
転入生の護衛及び監視には、経験豊富な脇坂を指名していて、他二名と専任で事にあたってもらっていたのだが――この脇坂が陥落してしまったのである。
俺は昨日の放課後の事を思い出した。
『藤竹は、家柄なんか関係ないと言ってくれた。特待生でも奨学生でも、全員が対等だってな。俺は、その言葉に胸を打たれた』
確かに正論だとは思う。結果として、脇坂を含めた風紀委員三名は、今では監視の役目は放棄し、ベタベタに甘やかしながら、護衛をしている。
さすがにこの状況は、危険だ。
今日まで俺は、書類対応が忙しすぎて、まだ一度も藤竹には会いに行っていなかったが、本日こそ、自分の口からきちんと注意する事に決めている。
「行くか」
俺はそう決意し、最終授業が終わるのを待って、1年S組の教室の前へと向かった。
しばらく待っていると、教室の扉が開いた。廊下には風紀委員の三名がいたが、俺とは目も合わせなかったし、特に会話はなかった。
「ん?」
その時声がかかった。視線を上げた俺は、見覚えのない生徒の顔を認識した。基本的に全員の顔を頭に入れているのだから、この人物が転入生に違いない。なにせアフロじみたカツラをつけている生徒は、過去には存在しなかったからだ。牛乳瓶の底のようなレトロなメガネも個性的である。身長は低めだ。とても怪力には見えず、比較的華奢である。
「お前が藤竹か?」
「そうだけど。人に名前を聞くなら自分から名乗れよ!」
「――失礼した。俺は風紀委員長をしている二年生の嵯伊篝という」
「篝か! よろしくな。お前男前だな!」
「……先輩と呼ぶか、風紀委員長と呼ぶように」
「なんで?」
「礼儀の問題だ。規則だ」
「人類はみんな対等なんだぞ! 間違ってる規則の方がおかしい。間違ってるのを守るなんて変だぞ!」
「ならばそれ相応の手続きのもとに変更申請をしてくれ。とにかく現時点の校則を順守するように。藤竹の行いは、目に余る」
「お前、うるさいな!」
「注意するのが仕事なものでな」
「お前みたいなやつは、男前でも、俺は嫌いだ! 鬱陶しい!」
「嫌いで結構だ。注意はした。今後はさらに厳しく動向をチェックさせてもらう。ではな」
俺はそう告げて、一年の教室棟を後にした。
……。
歩きながらもため息をこぼしそうになった。俺が注意する間、脇坂達は沈黙してこそいたが、終始俺を睨みつけていたからだ。身内だと思っていた委員達の反応は、かなり俺には堪えた。
「あいつらが目を覚ましてくれる事を、祈るしかないな」
ぽつりと呟き、俺は風紀委員会室へと戻った。