【20】帰ってきた感
今後の行事予定としては、体育祭⇒修学旅行⇒文化祭及び、中間と期末のテストがある。
朝――俺は、生徒玄関で服装チェックの担当をしながら、スケジュールを確認していた。きっちりと制服の袖に腕を通していると、帰ってきたなぁと感じてしまう。学園の方にそう感じるというのも不思議なものだが。
学園生活も、考えてみれば、半分が終わってしまったのだ。来年からは、本格的に受験勉強もしなければならない。進路なんか、まだ全然考えていない。澪標学園の生徒は、多くが自分の家の企業等のあとを継ぐようであるが、俺の場合は、それは無い。槇原さんの会社に就職する予定も別段無い。俺はなるべく早く独り立ちしたいなとは考えている。
本日は休暇明けテストの日でもあるので、俺は服装チェックの後、教室へと向かった。席替えも行われる予定だったのだが、SHRが始まってすぐ、東城先生が言った。
「好きな席に移動するように」
去年はくじ引きだったため、意外だった。結果として、俺は動くのも面倒だし、横が遠園寺なのもあるしで、そのままの位置を選んだ。遠園寺も移動しない。教室の中では、何人かが移動したりしつつ、SHRは終了し、一時間目は修学旅行の話をはさんで、二時間目からはテストがあった。
休み明けテストは、今回は二日間に渡って行われた。一年時からの復習の科目などもテストがあったのだ。結果は、俺と遠園寺が同点で一位である。そんな俺と遠園寺は、別段勝負をする仲というわけではないのだが――……遠園寺は言うのだ。
「体育祭でこそ、お前に完璧に勝つ」
「お前はそんなに俺に勝ちたいのか?」
素朴な疑問を抱いて俺が尋ねると、遠園寺が神妙な顔つきになった。
「勝ちたいというより、俺がいかに頼れる男であるかを示したい」
「別に運動で示さなくても良くないか?」
「運動も含めて全方向で俺様は示したいんだよ」
そういうもんかと思いながら、俺も内心では、絶対に勝ってやろうと思った。俺は負けず嫌いなのかもしれない。こうして、体育祭当日が訪れた。俺と遠園寺の直接対決の場は、百メートル走で訪れた。気合いを入れて体を解した俺は、隣に立つ遠園寺を見た。
「俺も負けるつもりはない」
「俺様が勝つ! 本気を出してやる! 全力で挑んで負ける事は恥ではないと俺様はもう知っているからな」
「「「「きゃー!」」」」
とりあえず、遠園寺の発言の後に歓声が付きまとうのは、いつもの光景だった。いつもと違うのは、俺もちょっとだけ遠園寺が格好良いと思ってしまった事だろう。
こうして――スタートの合図が校庭に響き渡った。
全力疾走しながら、俺は少し焦った。昨年より明らかに遠園寺の足が速い。まさか足の長さが変わったからではないだろうな? そうは思いつつ、これは気を抜けない。俺は必死に走った。だが、遠園寺も食らいついてくる。まずい、ペースが乱される。しかし負けてなるものか……!
この年の体育祭において――俺と遠園寺は、史上初となる同着一位となったのだった。終わってから汗だくで、俺は遠園寺を見た。
「お前、足が早かったんだな……」
「夏休みは、筋トレに明け暮れたからな」
「え?」
「お前と一緒にいない間は、筋トレと勉強と家の仕事しかしていなかった。全て、郁斗対策だ。俺様は完璧を目指す。来年には、お前を抜き去る決意をしているんだ。この俺にそこまで意識される事、誇りに思え」
複雑な心境だった。俺も、もっと頑張ろう……。
なお、俺は赤組、遠園寺は白組だったのだが、勝ったのは白組だった。百メートル走以外は見回りに徹していたので、俺に左右出来る結果だったとは言えないが、遠園寺がとても嬉しそうにしていたので、まぁ良いかと思った。
こうして――学園全体は、文化祭の準備モードに入り、俺達二年生だけがそこに加えて修学旅行ムードでいっぱいになった。二学期は色々と行事があるから、多忙である。文化祭当日は、風紀委員会は基本的に見回りで、逆に生徒会は独自の出し物などがあるため、修学旅行の班の中で、一番暇なのは俺だという事になってしまった。
そのため、各班で作る修学旅行のしおり等を、俺が作成する事になってしまった……。生徒会のメンバーは週末を利用して出し物の練習をしているらしく、遠園寺と会える時間が減った。夏休みが恋しい。そう考えて、俺はハッとした。
「もう完全に、お試しというのは消えてしまったな……」
俺はハッキリと、今では遠園寺が好きだと感じている。いつの間にか、だった。体を重ねたからではなさそうで、重ねた事自体、好きだと感じたからであるのだが……何がきっかけだったのかは、さっぱり分からない。
「あいつも、結局俺のどこを好きになったんだろうな……」
今の所、俺はまだそれを聞けないでいる。その内に、修学旅行の日が近づいてきた。三泊四日である。空港まではみんなでバスで行き、飛行機に乗り、先にホテルに向かった後、各班での行動と決まっていた。
さて、俺。勉強は出来るが、実は語学はさっぱりである。喋れないのだ。授業にも出ていないので、会話はさっぱり出来無い。読み書きはある程度可能だが、日常会話はおろか買い物すら出来るのか怪しい。
飛行機の窓から雲を眺めつつ、俺は憂鬱な気持ちになった。楽しみだが、言葉が通じないというのは怖い。すると隣の席で、遠園寺が俺の肩を叩いた。
「どうしたんだ、そんなに退屈そうな顔をして」
「いや……言葉が不安なんだ」
「言葉?」
「采火は英語が得意か?」
「他の言語よりは断然得意だな」
「他の言語?」
「今はタブレット翻訳や、通常翻訳機もだいぶ進歩しているが、何かと必須の場面が多いからな、遠園寺家では英語の他にいくつかの言語は日常会話が可能なレベルで幼少時から学ぶんだ」
「俺の翻訳機になってくれ。俺、旅行中はずっとお前のそばにいると決めた」
「それは、俺様を頼りにしているという事か?」
「そうなる。ああ、その通りだ。お前を全力で頼りにしている」
こうして空の旅は終わりを告げて、俺達は英国の地を踏んだ。機内で話していた通りで、遠園寺の語学は卓越していた。ただ、菱上も夏川もペラペラだった。俺だけが喋れなかったのである。俺は、風紀委員も英会話の授業だけは絶対参加にした方が良いと、卒業する頃に学園へ提案しようか考えた。俺の卒業までは、俺は出たくないので、今のまま免除で良いが……俺だけ完全に希に話す事がある場合、いかにも日本人ですという感じの英語だった。棒読みである。
英国で俺が一番楽しかったのは、ローストビーフを食べた事である。初日の夜に食べたのだが、人生で食べた肉の中でも比較的上位に入る美味しさだった。博物館も良かったが、やはり肉が至高であった。
遠園寺が頼りになると再発見しながら帰国し、俺は風音先輩や時任を始めとした風紀委員達にお土産を渡した。非常に喜ばれたが、すぐに文化祭当日の見回り配置案の話に変わった。風紀委員会室に顔を出すと、帰ってきた感が本当に強くなった。
そこからは、文化祭対策一色に変わり、俺達風紀委員のメンバーは全員で警備の穴が無いか確認していった。見回りをしつつ、各地の展示がきちんと行われているのかも確認する事になっているので、どのクラスが何を出し物にしているかも頭に叩き込んでいく。当日は保護者や一般客も来るため、気が抜けない。
気は抜けないのだが、休日くらいはやはり休みたいと――というより、遠園寺と会いたいと思うのだが、お互い忙しすぎて、それが出来無い。風紀委員の俺ですら、警備計画等のせいで、間近に迫った週末は風紀委員会室に顔を出していたから、生徒会など尚更だろう。しかしながら、毎日遠園寺からはラインで連絡が来るので、寂しいとまでは言えなかった。お互いに成功を祈りながら、俺達は当日を迎えた。