【21】展示物の見回り



 文化祭当日が訪れた。俺は、主に一年生のクラスの展示物の確認及び校内の見回りを担当する事になった。人手が足りないので、単独だ。腕の腕章に触れながら、俺はまず、1-Eに行く事にした。

「失礼する、見回りだ」

 中は無人だった。出し物の気配は無い……。
 落書きだらけの教室には、ダンボールが散乱しているだけだ。

「……」

 昨年もこうだった。なので俺は、1-Eの教室の鍵を施錠した。暗黙の了解で、1-Eの教室は、無かった事として閉鎖されたのである、昨年も。これが一転して、2-Eと3-Eになってくると案外凝った面白い展示をするようになったりするのだから、不思議である。クラスの顔ぶれは毎年そんなに変わらないはずなのだが、いつもこの流れらしい。風紀委員会の報告書で読んだ事がある。

 続いて、俺は1-Dに向かおうとした。その時の事である。

「槇原!」

 声をかけられて視線を向け、俺は目を丸くした。そこには、支倉先輩の姿があったからだ。初めて見る私服姿は洗練されていて、非常に大学生っぽい。

「支倉先輩、いらしてたんですか」
「ああ。王道転入生が来たと聞いた日から、この日を待ち望んでいたんだ。今日以外は、入れないからな」

 支倉先輩が俺の隣に並んだ。懐かしくなって笑顔を浮かべた俺は、頷いた。

「入ってくる順番が違ったり、遠園寺とキスしなかったりはしましたが、動画の通りでした。あれで大丈夫でしたか?」
「そうだな……やはり、遠園寺と槇原のフラグを立てておいて良かったと、再生する度に思っている。順調か?」
「え?」

 俺は遠園寺と付き合っている事を支倉先輩に報告した覚えはない。俺自身からは、自発的には誰にも話していないのだ。

「学園新聞で熱愛報道が流れたと風音に聞いたぞ?」
「っ、そ、それは……」

 思わず俺は赤面してしまった。真っ直ぐに聞かれると照れてしまう。
 パシャリと音がしたのはその時だった。

「報道部でーす! お久しぶりです、前風紀委員長!」

 報道部の部長の姿がそこにはあった。俺と支倉先輩を激写し、すぐに去っていった。支倉先輩は昨年とは違い笑顔なので、新聞に載ったら驚かれるかもしれない。昨年まで、支倉先輩の笑顔を知る者は、ごく一部の風紀委員のみだったからである。

「そうだ、見回りの途中でした」
「一緒に回っても構わないか?」
「どうぞ」

 頷き、寧ろ心強いと思いながら、俺は歩みを再開した。支倉先輩は隣を歩きながら、俺を見る。本当に、満面の笑みだ。

「それで? 告白はどちらから?」
「え……ええと……」

 俺は再び赤面した。するとまた、パシャリと音がした。

「ちーっす、写真部でーす! 支倉先輩ご無沙汰しております!」

 その後も、俺と支倉先輩が歩いていると、何度も写真を撮られた。だが俺は、支倉先輩の質問内容の方に気を取られていて、写真はそんなに気にならなかった。支倉先輩に、俺は遠園寺の事を根掘り葉掘り聞かれ、その度に、いちいち照れてしまった。

 こうして、1-Dが出している猫(耳)カフェへと到着した頃には、無駄に汗をかいていた。これは猫カフェと仮装を組み合わせるというコンセプトらしい。出てきた紅茶は、さすがにお金持ち私立というだけあるのか、本格的な味だった。味の確認も一応行う事になっていたので、俺が座ると、正面に支倉先輩が座った。

「それで? どこまで進んだんだ?」
「黙秘します……」
「いいや、話してくれ。気になりすぎて、眠れないんだ」
「……ご想像にお任せします」
「俺の想像だと、既に最後まで行っていると見た。具体的には――」
「やっぱり妄想はご遠慮願います」

 その後、紅茶を飲み終えたので、俺達は1-Cへと向かった。1-Cはお化け屋敷を出している。道中に危険物が無い事を確認するべく、中へと進んだ。一緒に入る俺と支倉先輩は、ここでも写真に撮られた。やっぱり支倉先輩は人気らしい。

 去年も、この人物は、俺から見ると残念なフダンシだったが、それを知らない一般生徒からは非常に人気があった。俺も決して嫌いというわけじゃない。

「そこの上の、笹が電気を隠す角度が少し危険だな。足元が一気に悪くなっている」

 支倉先輩が言った。さすがである。俺は見落とす所だった。お化け屋敷から出てすぐに、支倉先輩の意見をC組の学級委員長に告げた。続いて向かったのは、1-B――転入生のクラスである。もう転入してきてだいぶ経つので、俺としては転入生が転入生であるという意識は薄れてきた。外部入学生とそこまで変わらないと感じている。

「あの生徒が王道転入生か……」
「ええ。青崎渉夢です」
「金髪碧眼、理事長の甥……ああ、生マリモが見たかったなぁ……」
「画像も動画も送りましたよね?」
「生が見たかったんだ……」

 支倉先輩が悲しげな声を出した。青崎が俺達の姿に気がついたのは、その時の事だった。

「郁斗! 来てくれたのか!」
「風紀委員会規定の見回りだ」

 俺が返すと、歩み寄ってきた青崎が頷いてから、支倉先輩を見た。

「……っ」
「初めまして」

 支倉先輩が顔を引き締めた。去年の風紀委員長時代の顔になった。今ならば分かるが、この顔をしている時の五割は、腐妄想による鼻血の噴出を堪えるべく表情筋を叱咤している時だ。つまり支倉先輩は、青崎を見て、鼻血が出そうなのだ。俺はそれとなくティッシュを用意しようとした。それから青崎を見て――……? 首を傾げた。青崎は目を丸くし、じーっと支倉先輩を見ているのだ。何事だ? 俺が眺めていると、次第に青崎の頬が赤くなってきた。なんだ?

「え、えっと……お、俺は渉夢! です!」
「下手くそな敬語……ご飯何杯でも行ける……」
「あ、あ、あの、お前、名前は!?」
「俺は、支倉と言う者だ」
「は、支倉……格好良い……」

 青崎の瞳が完全に艶っぽく染まった。うっとりと支倉先輩を見ている。
 支倉先輩の瞳は、完全に現実ではない何かを見ているので、支倉先輩側には気づいた気配が無いのだが、青崎はどう見ても、一目惚れしてしまったというような顔で支倉先輩を見ている。俺は二人を残して、1-Bの展示である、各学年の有名人インタビューのパネルを見て回る事にした。風紀委員長として、俺もインタビューをされた。写真付きでプロフィールと略歴、インタビューで答えた趣味などが展示されている。

 俺は何とはなしに、遠園寺のパネルの前に立った。百獣の王のような迫力の写真が展示されていて、これだけ切り取って見ると凛々しくて非常に格好良い。この学園の王者は、やはり遠園寺として良いだろう。俺まで誇らしくなってしまった。

「問題は無さそうだな」

 一通り確認したので、俺は支倉先輩の元へと戻った。

「また来てくれよな! です!」

 青崎に見送られて、俺は支倉先輩と共に、教室の外へと出た。すると支倉先輩が鼻を押さえた。

「王道転入生とラインを交換してしまった」
「ナンパは注意対象ですからね」
「俺は俺自身では萌えないから安心してくれ」

 その後、俺達は、1-Aへと向かった。ここは時任のクラスでもあるが、時任も風紀委員なので出し物には関わっていない様子である。1-Aの出し物は、模擬結婚式である。生徒が観客役となり、ブーケやブロッコリーと、新郎っぽいジャケットや花嫁っぽいティアラを用意し、それを訪れた客に身につけさせて、写真を撮るという企画らしい。最近の結婚式では、新郎はブロッコリーを投げる場合があるそうだ。

「槇原、女装するか?」
「嫌です」
「じゃあブロッコリーを投げてくれ」
「なんで俺が……支倉先輩こそ一般客なんですし、どうぞ」

 俺達が小声で言い合っていると、一年生がやってきた。

「お二人共ジャケットでブロッコリーを是非!」
「「……」」

 すごく複雑な気持ちだったが、一応展示の確認は俺の仕事なので、頷いた。まぁブロッコリーくらい良いか。そう考えて、支倉先輩と共に俺はブロッコリーを持った。するとものすっごくバシャバシャと写真を撮られた。本格的なカメラもあれば、スマホもある。何が悲しくて支倉先輩と結婚式の真似事をしなければならないというのだ。これが遠園寺とだったらまだ兎も角――って、俺は一体何を考えているんだ……。

 ブロッコリーは頭にきたので全力で投げた。
 その後、俺達は最後の教室である1-Sへと向かった。
 1-Sは、既にすごい人ごみだった。こちらもカフェなのだが、長蛇の列だ。風紀委員特権で俺は先に入る事が出来た。支倉先輩も同伴してしまったが、誰も何も言わないので、良い事に決める。みんな支倉先輩の顔も分かっているからなのかもしれない。人ごみの構成員は内部生ばかりだったからだ。まだこのフロアまで来ている一般客の姿は少ない。

「珈琲です!」

 俺と支倉先輩が座ると、注文していないというのに、珈琲がすぐに運ばれてきた。折角なので頂戴する事にした。差別化で、猫(耳)カフェは紅茶、こちらは珈琲をメインにしているらしい。

「久しぶりに来たが、やはり生BLの宝庫だ。最高だ。俺、絶対に教員になって、ここに赴任する。まずは教育実習で、三年後にここに来る。絶対に来る。決めた」
「頑張って下さい」

 こうして、俺の担当分の、展示の確認は終了した。残りは校内の見回りだったので、そこで支倉先輩とは別れた。