【24】冬休み
こうして俺と遠園寺の週末には、勉強と料理の他に……恋人同士の行為が加わった。きちんとテスト勉強もしたが、体を重ねる頻度は着実に増えていった。なので、無事に二人共満点で期末テストを終えた時には、本当に安堵してしまった。勉強に手を抜いていたわけではないが、頭の中を遠園寺が占める割合が増えていくので、知識が入るスペースが減ったような気がしていたのである。
冬休みは、十二月の二十二日から始まった。今回は、実家に帰るよりも先に、遠園寺財閥のクリスマスパーティーに出かける事になっていたので、槇原さんには連絡済みである。槇原さんも招かれているそうで、俺は合流して、一緒に実家に帰る予定だ。パーティは、二十三日に行われるそうで、イブや当日は皆、各自の予定を優先するらしい。毎年のことなのだという。
「当日過ごせるのかと思ったのにな」
思わず俺が言うと、遠園寺が、俺用の客間で振り返った。現在俺は、遠園寺家にいる。
「泊まっていけば良いだろう?」
「義父と一緒に帰ることにしていると伝えただろう?」
「――うちで車を出すから」
「迷惑をかけるわけにはいかない」
「迷惑なんかじゃねぇよ。俺もお前と過ごしてぇ」
「采火は、長期休暇中は、家の仕事の手伝いもあるんだろう? 邪魔をするわけにもいかないしな」
「それは……そうか……じゃ、じゃあ! 来年こそ、イブも当日も過ごそう。約束だ」
「来年は受験次第だな」
「じゃ、じゃあ! 再来年!」
「浪人していなければ、となるな」
「俺とお前なら大丈夫だろう。それよりも、受験問題を除いたら、俺とずっと一緒にいる未来を考えていてくれていると分かったのが収穫だ。これから何回もクリスマスはある」
「……そうだな」
俺は何気無く言っただけだったのだが、嬉しそうに笑った遠園寺を見ていたら、胸が温かくなった。
そうして、パーティーの日が訪れた。制服で参加することになっていたので、俺は今年最後となる制服姿だ。遠園寺も制服姿である。俺達の他にも、菱上を始めとした、生徒会役員などの姿があった。政財界の中の澪標学閥のパーティーらしい。毎年遠園寺家が主催しているそうだ。
「あれがローストチキンだ」
「確かに美味そうだな」
俺は目を輝かせた。立食式だったのだが、遠園寺が取ってきてくれた。パクパクと食べていると、槇原さんが歩み寄ってきた。
「采火君と、とても親しいようで安心しているよ。夏はどうなる事かと思っていたんだがね」
俺は、『とても』に含みを感じて、ローストチキンを喉に詰まらせそうになった。すると隣で遠園寺が一歩前に出た。
「ご安心下さい。俺達の仲は一生ものです。来年も共にこの日を過ごすと約束していますので」
「そうなんだね。よろしく頼むよ、郁斗くんのことを」
槇原さんは微笑していた。そこに、遠園寺を大人にしたとしか言い様がない人物が顔を出した。開始の挨拶をしていたので理解しているが、遠園寺のお父さんだ。横には、遠園寺を小さくしたような男の子を伴っていた。澪標の幼稚舎の制服姿だ。遠園寺は四人兄弟らしく、一番下の弟だと聞いている。
「槇原の所の郁斗くんというのは、君か?」
「は、はい!」
「うちの采火を頼んだぞ」
そう言うと、遠園寺のお父さんがニヤリと笑った。遠園寺そっくりの表情だった。
「風紀委員長として卒業までの間、全力で見守ります」
俺は焦って答えた。すると吹き出された。
こうしてクリスマスパーティーは、和やかな空気で過ぎていったのだった。
その後俺は、槇原さんと共に、実家に帰った。だんだん我が家という気分になってきた槇原さんの家では、母と弟が出迎えてくれた。まだまだ愛らしく小さな弟は、天使のようだ。一歳である。
「郁斗くんには申し訳ないんだが、年末年始の挨拶の時は、共にいてもらえないかな?」
「俺がですか?」
「うん。私は君を大切な息子として、みんなに紹介したいんだよ。去年はまだ機会ではないかなと思っていたんだが、今年からもっと前に出て欲しいんだ。槇原の人間の一人としてね」
「は、はい……」
ちょっと驚いた。俺は、去年はボケっと寝ていたからである。お節が美味しかった記憶しかない。槇原さんは、そういえば忙しそうだったかもしれない。
こうして年越しそばを食べて、寝て起きてから――俺は和服を着せられた。そして槇原さんの隣に座って挨拶に訪れる人々に頭を下げた。槇原さんの真似をしていれば良かったので、そこまで大変では無かった。
年明けはそのようにして過ごし、ようやく平穏が戻ってきたのは四日を過ぎてからで、俺はその時から冬休みの宿題を始めた。一日で終わったので良かった。勉強を終えてリビングに行くと、槇原さんに呼ばれた。
「郁斗君」
「はい」
「聞きたかったのだがね、進路の事だよ。私としては、経済か経営、本音を言うなら情報セキュリティについて学んで欲しいんだけれどね」
「どうしてですか?」
「ぜひ、君に後継者になって欲しいと考えているからだよ。勿論無理にとは言わないし、世襲に限らず優秀な人材を私の後継者にとは考えているのだが、義父の贔屓目を抜きにしても、郁斗くんは優秀だ」
「……槇原さんの会社は、世界展開しているんですよね?」
「ん? まぁ、そうだね」
「俺、英語が話せないので後継者は絶対に無理です」
「通訳を雇えば良いだけだから、問題は無いよ。仕事自体は国内ですれば良いし、私も英語は話せないが、困った事は無いよ?」
「……え、えっと……」
「他に何かやりたい事があるのかな?」
「……」
「お母さんも、情報学の第一人者じゃないか」
「……」
俺は言葉に詰まった。確かに俺の母親は、大学で情報学を教えているらしい。なので小さい頃から、俺も色々と習ってはきた。
「進路については、少し考えてみたいと思います」
なんとかそうひねり出して、俺はその場を切り抜けた。考えてみると、次の春休みには、三者面談もあるのだ。それまでにはきっちりと考えておかなければならないだろう。
このようにして、冬休みは終了した。
なお、休み明けテストでも、俺と遠園寺は一位だった。だが、そろそろ勉強をしていて、たまに迷う問題も出るようになってきた。俺の復習不足というよりも、受験対策で問題側が難しくなってきたらしい。気合いを入れて臨まなければならないだろう……。