【25】第二学年の終わり



 生徒会総会が開かれたのは、一月の終わりの事だった。
 抱きたい・抱かれたいランキングを根拠にしない選挙が行われるという事になり、選挙活動週間が設けられるという決定がなされた。昨年は、次期役員は生徒会総会で発表だったんだが、今回はこの発表により、その後が忙しくなると決まった。応援演説なども行われると決まった。

 選挙妨害などが無いように、風紀委員も警戒して見回りを行った。
 結果――意外とこの新制度は好評で、次の生徒会長には……なんと、青崎渉夢が決まった。当初嫌われていた頃からは信じられないほど、現在の青崎は学園の人気者である。青崎は、遠園寺とは異なるタイプで、我が道を行くという意味合いでは俺様だが、俺様生徒会長というイメージはあまり無い。

「やっぱ、風紀委員長経験者と対等でいるには、生徒会長を経験しておかないとな!」

 支倉先輩に恋をしている青崎は、当選すると満面の笑みでそう述べた。なお、副会長は、元一匹狼である圷、書記は、大貫里美である。激戦区だったのは、会計と庶務だった。夏川と双子は、誰の応援演説にも立たなかったため、応援演説をする者も多様だった。最終的には、僅差で、日比谷川(ひびやがわ)という生徒が会計となった。夏川の親衛隊の副隊長だった人物である。会計は、会計親衛隊の副隊長経験者がなるという風潮が残っていたらしい。庶務は、次の二学年で唯一の双子である、秋永(あきなが)兄弟に決まった。

「風紀委員長も後任を選ばないとな」

 選挙後に俺が呟くと、時任に言われた。

「委員長は普通は三年生なんですから、槇原先輩が続投で決まりです」
「……」

 何も言い返せなかった。ただ心の中で、じゃあ次の来年は、時任を委員長に指名してやろうとひっそりと思った。

 そんな中で、ヴァレンタインという行事は過ぎ去った。
 忙しかったが、俺は週末に顔を合わせた遠園寺に請われてガトーショコラを作った。遠園寺もまた、俺にチョコレートをくれた。ホワイトデーもお互いにお返しをする事になった。俺達は多忙であれど、きちんと甘い関係を築いている。

 こうして卒業式が訪れた。頼りになる副委員長だった風音先輩の卒業式である。次の副委員長には、時任を指名していった。これで、時任がその次の委員長になる道筋も整ったと言える。最後まで風音先輩は空気が読める美人だった。本当に頼りになった。この人がいてくれなかったら、俺の風紀生活は挫折していたかもしれない。

 ――そのようにして、毎年思うのだが、三学期は一瞬で過ぎた。二学期も大概忙しいのだが、三学期はその比では無い。

 それにしても、遠園寺が生徒会長でなくなったと思うと不思議な気分だった。俺は今回の春休みは実家には帰らない事にした。理由は、三者面談で槇原さんが学園にくる事と、春休み期間が短い事、及び――遠園寺も帰らないというからである。俺達が学園で、二人で過ごせる期間もあと一年しかないのだ。少しでも長く一緒にいたい。

 春休み二日目のこの日、俺は遠園寺の部屋にいた。

「遠園寺は、進路は決めたか?」

 進路希望調査書を前にしながら、俺は尋ねた。現在二人で記入中である。

「俺様は、遠園寺財閥を継ぐからな。経営を学ぶ予定だ」
「進学先も決めたのか?」
「持ち上がり進学を家族は勧めてくるんだがなぁ、俺様としては、郁斗と同じ大学に行きたいから、お前次第だ。お前の進学先に経営を学べる学部や学科があるのなら、そこにしたい」
「……俺も一緒にいたい。だが、俺は、さっぱり決まらないんだ」
「お前なら、何にでもなれるだろう? それとも槇原コーポレーションに入るのか?」
「義父にはそれを希望されているらしい……ただな、うーん……」

 俺は小さい頃、もっと平々凡々な感じのサラリーマンになるのだろうと自分に対して思っていたのである。テレビアニメに出てくるお父さんのようなイメージだ。ネクタイを締めて、背広を着て、電車に乗って、会社に行く感じだ。規模もそんなに大きくないと思っていたので、槇原コーポレーションのような名だたる会社を予定した事は一度もない。俺は母の再婚まで知らなかったが、大企業なのだというし……。仮に進んだとして、社長の義理の息子とか、絶対やりにくそうだ。周囲も、俺自身も。俺は楽に生きたい。

「何かやりたい事は無いのか?」
「それが、思いつかないんだ」
「じゃあ、それを見つけるために進学したら良いんじゃないか?」
「――え?」
「大学に入ってから見つけたって良いだろうが?」

 遠園寺のその言葉に、俺は何かを開眼したような気持ちになった。なので笑みを浮かべた。

「そうだな。采火の言う通りだ。俺は、まずは――この澪標の大学を受験して、やりたい事を探す事にする。澪標の学科の中ならば、一番興味があるのは……う、うーん……」

 俺は手元にあった、澪標の大学のパンフレットを手に取り、唸った。サラリーマンという漠然とした夢にとっても、経済学部は良いかもしれない。

「経済経営学部を受ける事にする」
「俺様と同じ進路だな。俺は経済経営学部だ」

 経済学科と経営学科が近年統合されて、包括的に学べるようになったらしい。俺もそこにしようと決めて、進路希望調査書を埋めた。

「内部進学だから推薦もあるな」
「そうだな」
「大学から、寮からは出るんだったな?」
「入寮していても良いそうだが、俺様は出る予定だ。家の仕事を手伝う頻度が増えるというのもあるし、澪標の経済経営学部のキャンパスは、一年時は別の場所だからな」
「そうなのか……」
「一緒に暮らさないか?」
「っ、え、ええと……」
「同棲しよう。俺様と同棲出来るなんて、有難く思え」

 遠園寺はそう言うと、ニヤリと笑った。とても楽しそうに見えたし、俺もそうなったら良いなと思ったので小さく頷いた。

 こうして無事に進路も決まり、俺は、槇原さんと東城先生と、三者面談をした。
 俺の進路について、二人共応援してくれた。
 今年からいよいよ受験生か……。そう思うと、身が引き締まる思いだった。