<1>風紀委員長になってしまった。





 ――と、期待に胸をふくらませてから、早一年。

「風紀委員会だ。すぐに乱暴行為を中止しろ」

 俺は、我ながら冷淡な声で告げた。
 すると、今しがた輪姦に及ぼうとしていたガラのよくない生徒達が、一斉に硬直した。俺は、左腕の風紀委員会の腕章を撫でながら、目を細めた。周囲の空気が冷え切った。

 シャツを破られていた生徒が、涙目で救われたというように俺を見ている。

「取り押さえろ」
「「「「はい!」」」」

 俺の言葉に、伴ってきた風紀委員達が、一斉に空き教室に踏み込んだ。
 ――なんでこんなことになってしまったのか。
 俺は内心でため息をついた。

 誰かに突っ込まれたい一心で入学したというのに、俺は誰かに突っ込みたい連中や、合意で突きつ突かれつしている恋人達を取り締まる、風紀委員長になってしまった。

 それは、昨年に遡る。
 誰か俺に突っ込んでくれる人はいないものだろうかと、特に理由もなく散策していた入寮日。俺は、風紀委員会への報復のために輪姦されかかっている前任の風紀委員長に遭遇してしまったのだ。思わず助けた。「たすけてー!」と、泣いていたので、良心的に見過ごせなかったのである。俺だって人の子だ。

 いつか兄が、隠れ審査があるといっていたが、俺の実家は、茶道の家元だったりする。だがそれは表向きであり、目立つ事柄であり、実際は、古武術を受け継いでいる。なので俺も小さい頃から、習ってきたため、腕がちょっとたつのだ。

 という事で、不良(?)から元風紀委員長を救出したところ、その人物がルームメイトだったのである。当時三年生だった。その小暮先輩の誘いで、そのまま半ば強制的に俺は、高等部でも風紀委員会に入ることになってしまった。そうしたら、先輩にそのまま委員長を押し付けられ、現在高等部二年生にして、風紀委員長となってしまったのである。

 警備員さんがいるというのに、風紀委員は、校内を見回っている。
 理由は、生徒の自主性に任せるため、生徒間の揉め事には、教職員は口を挟めないかららしい。自治も生徒がしないといけないそうだ。では何を見回るのかといえば――今回のような、性的被害が大半である。

 突っ込まれたくて入学したはずが、俺はそれを取り締まる側になってしまったのである。なんということだ! その上、なお悪いことがある……。

「綾崎委員長……ありがとうございます……」

 被害者の生徒が、頬を染めて、俺を見ている。俺になら突っ込まれても良いという顔をしている。そ、そうなのだ……この学園に来て、俺は男にモテるようになったのだが――なんというか、突っ込まれたい側の生徒にモテるのである。俺と同じ志の生徒にモテるのだ。俺はどうやら、突っ込む側だと確信されている。

 そもそも俺は同性愛者ではないと今でも思っているのだが、学園に溢れているため、特に偏見はない。だが、とはいえ、突っ込みたいと思ったことは一度もない。あくまでも俺は、突っ込まれたいのだ。なお、俺は未だに童貞処女である。

 俺は、後の処理を委員達に任せて、早々に教室を後にした。

 ブラブラと校舎を歩いていると、向かいの校舎の職員室が見えて、窓の向こうに、無事赴任してきた兄の姿が見えた。兄は、生BL見放題の環境に満足しきっているが、ここではオープンではなく隠している生物教師である。

 歩いていると、俺を見る視線が沢山あった。大体二つに分かれる。
 一つは、突っ込まれたい側生徒からの「抱いてくれ」という眼差し。
 もう一つは、突っ込んでいる側の生徒からの「見逃してくれ」という視線である。

 そう――俺に突っ込んでくれそうな生徒というのは、俺を恐れているのだ……。
 真面目そうに思われるどころか、そういうのを嫌悪している潔癖風紀委員長みたいに思われているのが実情である。俺は泣きそうだ。

 しかし、この学園に来て良い事もあった。
 俺は、念願のバイブを入手した。

 そのまま部屋へと戻り、風紀委員長特権で2LDKを一人で使っている俺は、寝室専用にした片方の部屋に入り、しっかりと施錠した。もちろんエントランスも施錠済みだ。そしてクローゼットを開けて、中に設置してあるフェイクの棚をどけて、奥に隠してある大人の玩具コレクションと、沢山のローションの瓶を見た。

 どうやって入手したかというと、風紀委員会での押収品の内、未使用のものを「破棄しておく」として、頂戴したという次第である。リサイクルだ!

「どれにしようかな……んー……」

 俺は、いつも愛用している細めのバイブを手にとった。
 ローションは、紫色のボトルに入ったものにした。
 実は怖くてまだ一度も振動させたことはないが……電源を入れてみようか迷う。

 下を脱いで、俺はベッドに上がった。

「ンっ」

 ぬるっとした感触を覚えた後、ゆっくりと進める。そして奥まで入れてから、緩慢に手で動かした。

「っフ」

 水音が響く。そして自分の感じる場所を付いた。何度か突く内に、体が熱くなってきて、息が上がり始めた。やばい、気持ちいい……。声を出しても誰もいないから問題はないのだが、なんとなく恥ずかしくて、俺はこらえてしまう。段々出したいという思いが強くなっていく。だが、まだイけそうにはない。

 そんな時だった。
 ビービービービーと音がしたものだから、俺はビクリとした。
 反射的にバイブを抜いていた。

 風紀委員会からの緊急連絡用の携帯が音を立てたのだ。

「……うあああ、なんで今……」

 まぁ、見回りをする代わりに授業に出なくて良いという風紀委員会特権を悪用して部屋に帰ってきてアナニーしている俺には、誰かに抗議する資格は無いだろう……。なんでこんな不真面目な俺を、みんなは真面目だと勘違いしているのだろうか。

 俺は名残惜しかったが、手を拭き、携帯を手にとった。

「生徒会長が不純交遊中? またか、あのボケ……」

 風紀委員からの知らせに、俺は思わず呟いた。
 生徒会長が相手では、波の風紀委員では、注意にいけないのだ。
 返り討ちに遭うし、お家力で報復されることも怖いらしい。

 というのも、生徒会長の超絶俺様こと、篁一晴(たかむらいっせい)は、旧財閥篁コーポレーションの御曹司であり、日本屈指の資産家の跡取りで、この学園の生徒の実家の会社の大多数の株主でもあるらしいのだ。また護身術を身につけていて、俺と互角レベルの腕前である。俺の実家は古典芸能系であるから、奴にお取り潰しにされたりしないなどの理由から、篁の対処は俺と決まっているのだ。むしろやつに対処できてしまったせいで、俺は風紀委員長にさせられたという現実もあるだろう。

 俺は、ベッドの上に咄嗟に置いたバイブを見た。
 ヤりたい。イきたい。
 だが――急行しなければ、注意に行くのが俺の仕事だ。

 勉学が仕事のはずなのに、なぜそんな仕事までしているのかは謎だが……。
 大きく溜息を吐いてから、俺はバイブを綺麗にして厳重にしまい、急いでシャワーを浴びてから、外へと出た。悠長に思われるかもしれないが、「強姦」でなく「同意」の可能性が高く、報告によると、突撃して寸止めしたら被害者(?)が逆に可哀想らしかったため、あえて時間をとったというのもある(無論、俺の隠蔽時間だって必要だったが)。

 こうして再び俺は寮を出た。