<2>生徒会長を注意する。
「遅いご到着だな風紀委員長」
「――反省文を提出する用意は出来ているんだろうな?」
「誰が書くか――……ん?」
到着した第三保健室(まるで不純交友を推奨するかのように保健医常時不在)で、俺は生徒会長と向き合った。肉食獣みたいな生徒会長は、ニヤリと笑っている。が、そのあと俺を見て、首を傾げた。
「……」
「なんだ? 申し開きでもあるのか?」
「そりゃある。向こうが、抱いてくれと懇願してきたんだ――いや、それはどうでも良い」「よくない。今日という今日こそは、きっちりと反省してもらう」
「――なぁ綾崎」
「なんだ?」
「お前、さっき俺が使ったローションと同じ匂いがするが気のせいか」
「ぶはっ」
俺は思わず吹き出した。大きくむせてしまった。動揺したのだ。
なぜだ? シャワーを浴びたのに!
そこではっとした。あ……ま、まさか、制服に匂いがついていた……!?
「へぇ」
俺の反応に、意地悪く篁が笑った。まずい、すごくまずい。
「押収品の臭いが残っていたのかもしれないな」
「隠すなよ」
慌てて取り繕った俺を、揶揄するように篁が見ている。
俺は鍛え抜いた表情筋で、知らんぷりしながら睨み返した。
すると篁が歩み寄ってきた。
「いやぁお堅い風紀委員長様にも、高尚な趣味がおありで」
「黙れ。下らない妄想をするな」
「気持ちいいよなぁ、SEX」
「お前のような獣と一緒にするな」
「同じだろ。で、相手は誰だ?」
「は?」
「誰だ? 俺は、そいつを、全力で潰す準備がある」
「何を言ってるんだ?」
「だが収穫だ。お前が男も行けるとわかったんだからな」
「篁?」
俺の正面に立った篁は、ほぼ同じ身長なので、まっすぐ俺を見た。
その瞳には――なぜなのか、嬉しそうな色と怒っているような色と悲しそうな色が浮かんでいた。よくわからない。ただ俺は、武術的に相手の感情を読み取る力に長けている。そのほうが対処しやすいから、昔から読み取る訓練をしてきたのだ。しかし感情の理由まで分かるわけではない。
「可愛かったか?」
「何がだ?」
「お前の相手」
「だから――」
「どうせ可愛いネコなんだろうな。いつもお前の周りを囲んでるどれか。嫉妬で気が狂いそうだ」
「……どういう意味だ?」
「俺みたいなガタイのいい奴は、風紀委員長様のタイプでは無いだろうな……」
「へ?」
「ムカつく」
そういうと、篁が俺を押し倒した。ん?
俺は空いているベッドに後頭部をぶつけた。
「いや、ちょっと待て、なんだ急に、何をするんだ」
「俺だってお前とヤりたいのに! お前が好きなのに!」
「――は?」
「どうして俺はこんなに男らしい、男前の、美形なんだ――!!」
「黙れナルシスト。退け、離せ。大体今お前は、さっきお前が口にした可愛いネコの生徒とヤって、俺に反省文を要求されているんだぞ? 現行犯逮捕を希望して、俺で遊び始めたのか?」
「バカヤロウ! 俺と唯一この学園で対等なお前に俺は突っ込まれたすぎて、そうでなくてもひと目でいいからお前に会いたくて、お前に会うには風紀委員を呼ぶような騒動を起こさないとならないから、親衛隊のやつにいつも協力してもらってるだけで、俺は不順交友なんてしたことは一度もない!!」
「ぶはっ」
「頼む綾崎、一度でいいから俺を抱いてくれ! 俺に思い出をくれ! 俺みたいな男じゃ勃たないかもしれないけどな、俺、頑張るから!」
俺は再びむせる事になった。そして言葉を失った。
いつも獰猛な瞳の生徒会長は、涙ぐんでいた。
しかも、俺と同じような悩みを口にしている……断固拒否するには、気持ちが分かりすぎて辛い……!
「これまでは、お前が男に興味がないと思っていたから我慢していたんだ!」
「た、篁……」
「ひくな、ひかないでくれ! 俺はお前が好きなんだ! 一目惚れだった!」
「え」
「その黒い髪、切れ長の瞳、冷たい表情――お前に罵られるたびに俺はどれだけ抱かれたいと思ったことか……!」
俺は衝撃を受けた。いや、うん、確かに俺はネコにすごくモテるのだが、篁がネコだというのがまずもう予想外過ぎた。なにせ俺も篁に対して、抱かれたいと何度か思ったわけであり……うわぁ……俺、もう、泣きたい。
「あ、あのだな、篁」
「なんだ……?」
「別に、ひかない。それに、つっこま――抱かれたいという気持ちに体格は関係ないと俺は思う」
「綾崎……!」
半分自分への慰めを口にすると、篁が救われたような顔で俺を見た。
「じゃ、じゃあ俺の気持ちに答えてくれるということでいいんだな?」
「いや、悪いがそれは無理だ」
「なぜだ!? 男らしいが、俺ほどいい男はこの学園に他にはいないだろうが!」
自信たっぷりの篁の声に、俺は顔が引き攣りそうになった。
まぁ客観的に見ても、それは事実かも知れない。
「お前を除くと!」
「お前が俺をおだてるなんて珍しいな」
「本心だ。俺は綾崎が好きだ」
「――申し訳ないが、俺は、お前を恋愛対象としてみたことは一度もない」
「!」
俺はきっぱりと振ることにした。
こればっかりは仕方がない。それに事実だ。
ちょっとだけ、突っ込まれたいと思ったことがあるだけなのだ。
「やっぱり俺が男らしいのが悪いのか!?」
「そういうことじゃなくてだな……だから、見た目は関係ないだろう」
「いやお前それ、よりひどいから。中身が好きじゃないって宣言だろうが!」
「あ、悪い、つい本音が」
「綾崎ぶっ殺」
「はは」
「あのな――俺はこれでも、勢い余った感はあるが、緊張しながら精一杯告白してるんだ。冗談で流さないでくれ」
「俺も真摯な対応として、お前とは付き合えないと回答している」
「……」
俺の言葉に、苦しそうな顔をして、篁が俯いた。
なんだか悪いことをしている気分になる。
「……一応聞かせてくれ。理由は?」
「篁を恋愛対象として見たことがないからだ」
「やっぱり、恋人がいるのか? そのローションを使った相手が……」
「だからそれは誤解だ」
「だったら今日から俺を恋愛対象としてみてくれ。考えてみてくれ。男はいけるんだろう?」
「男とは付き合ったことがないから、行けるかどうかはわからない。考えたことがない」
実は女とも付き合ったことはないが、それは言わなかった。言わなかっただけだ。別に隠したわけじゃない。
「頼む。お前が好きなんだ」
「好きになってもらったのはありがたいが……悪いな」
「俺の何がダメなんだ?」
俺は迷った。はっきりいって、「お前がネコのところだ!」と、言うか迷ったのだ。
俺もまた突っ込まれたい側だと伝えたら、円満にこの話が終わる上、篁を元気づけられるような気がしたのだ。なんだか哀れになるくらい、篁は涙目なのだ。普段のオレ様とのギャップに、俺は正直同情していた。
「どういう奴になら突っ込みたい? 普段はどう言う奴とヤってるんだ?」
「俺は不純行為はしない」
アナニーは除く! あれは清純な行為だ!
「ええと……だな、その……篁。元気を出せ。そして、その、なんだ……じ、実は俺もどちらかといえば、う、受身な方だから、特に突っ込みたいというのはないんだ」
俺は、頑張って言葉を探しながら伝えた。
「え?」
すると、篁がキョトンとした。俺は気まずくなって視線を逸らした。
「ま、まさか綾崎、お前、ネコなのか?」
「――俺に男の経験はない」
「……」
「もういいか? お前とは付き合えない。理由になったか?」
「――! い、いや、待ってくれ! 待って! 待て! 待ってくれ綾崎」
「なんだ?」
すると勢いよく篁が俺の肩を掴んだ。
「俺はお前が好きすぎて、お前と付き合えるなら猫になって抱かれても良いと思っただけで、もともとはタチで突っ込む側でもちろんお前にも本心を言うなら突っ込みたかったんだ――!!」
俺は目を見開いた。