<5>新歓間近、転校生の来襲。




 さて、翌日から、俺は夜の七時頃風紀委員会の仕事を終えると、さも見回り風に第三保健室に行くようになった。生徒会は暇なのか、篁は大抵先にいる。

 それで何をするかというと――まず、二人で揃ってその日の授業の復習をしている。さらに明日の予習が始まる。なお、俺たちは風紀委員特権と生徒会特権で授業には出ていない。だが、勉強しておかないとテストで困るので、二人で勉強しているのだ。

 俺はてっきり、篁は勉強しなくてもテストで点が取れるタイプだと思っていたのだが、それは勘違いだったのだ。そして実は、勉強しないで点を取っていたのは俺だったりする。初日に予習復習していた篁に、うっかり間違いを指摘して以来、俺はやつの先生になってしまい、一緒に勉強する羽目になってしまった。

 この予習復習が、だいたい深夜零時過ぎまで続く。
 その後俺達は、多くの場合帰宅する。
 な、なんと――現在までに一度も、性的行為はしていないのである。

 なんだこれ。

 なので、帰宅してから、俺は一人で、愛用のバイブを用いる。
 だが、一人ではやっぱり怖くて電源は入れられない。

 関係を持ってしまったのは春だったのだが、あっさりとそのまま初夏になった。
 もうすぐ、新入生歓迎会がある。

 俺は憂鬱だった。仕事が増えるからである。当日も忙しいが、準備中の見回りや、警備計画の提出など、やることは山積みだ。やりたくないなぁ。

 ――転校生が来るという知らせが舞い込んできたのは、そんな最中だった。

「千颯!!」

 ある週末、俺の寮に、兄の千草が駆け込んできたのである。
 俺以外には腐男子であることを隠し通しているため、俺にしか語れないらしい。

「来る、ついに来る、王道転校生が来る!!」
「ほう」
「うわああ、楽しみすぎる。王道のままに行くのか、それとも非王道か。うわぁ! 攻めかな、受けかな、受けの王道として、相手はやっぱり生徒会長かな? 篁くんと食堂でキスするかなぁ!?」

 興奮した兄の声に、俺はふと動きを止めた。
 ――篁とキス?
 なんだかちょっと、胸がざわっとした。

 嫌な汗が浮かんできたので、俺はその感情を忘れることにした。

「弟の生BLも、俺はいけないことはないから、千颯も頑張ってね!」
「いや、いいや」
「そんな事を言うな! お兄ちゃんの楽しみを取るな!」

 こうして、兄は帰っていった。


 翌週の月曜日、俺は風紀委員会室で残業していた。
 もう、夜の十時を回ったが、警備計画が遅れているため、仕事から離れられない。
 携帯で篁には連絡済みである。

 新歓の内容は、学園全部を使った増え鬼である。
 捕まえられると、その人物も鬼になって、どんどん鬼が増える形式で、鬼ごっこ兼かくれんぼが行われるのである。最初の鬼は、生徒会役員。風紀委員会メンバーは不参加で警備兼審判となる。

 人気のない場所に逃げるため、例年、ここで捕まえたまま強姦という事件が後を絶たないようなのだ。だが審判もあるし敷地は広大だから、どのようにして見回りをするかに非常に気を遣う。

「篁のところから、監視カメラを貸してもらうべきか……」

 呟いてみる。だが、予算がない。時間もない。
 その日は十二時まで作案して、帰宅した。一人でする気力は無かった。

 翌日も、さらに翌日も――その週は金曜日までずっと、俺は風紀委員会室に残った。なお、俺以外のメンバーは残業などせずに帰っている。俺が帰らせているのだ。変に残る癖をつけさせると、可哀想だと思ったのだ。

 コンコンとノックの音がしたのは、十一時を過ぎた頃だった。

「入れ」
「――まだやってんのか」
「! 篁?」

 見るとそこには、生徒会長様が立っていた。
 入ってきた篁は、俺の机にコンビニ袋から取り出した栄養ドリンクを置いた。

「悪いな」

 思ったより気がきくなとは言わなかった。

「お前って本当真面目だよな」
「そんなことはない。生徒会と違って風紀委員会が忙しすぎるんだ」
「みたいだな。嫌味じゃなかったんだと最近ようやく理解した」
「何か用か?」
「――顔を見たくなったから見に来た。それだけだ。じゃあな」

 篁はそう言うと帰って行った。わけのわからないやつである。

 ――明日は土曜日だ。
 だが、昼まで寝ているわけには行かないということをふと思い出した。
 転校生が入寮する日なのである。

 午前六時という早朝に、生徒会の副会長と二人で迎えに行くことになっていたのだ。
 本来は生徒会長が行くのだろうが、何らかの事情でもあったのだろう、副会長の山折翼が来るという。

 寝坊しないように気をつけなければと思いながら、深夜の一時に、俺は風紀委員会室を後にした。軽く、ブラック企業の社員である。


 翌朝、アクビを押し殺して、俺は校門のほうへと向かった。
 副会長は既に来ていた。

「おはようございます、風紀委員長」
「おはよう、山折副会長」

 二人で守衛室のそばの噴水前で挨拶し合う。
 どちらもぴったり五時五十分着だった。十分前行動が染み付いているのである。
 なので、俺と山折のタイミングは、結構合う。

「転校生なんて珍しいですよね」
「そうなのか? 俺は外部生だからいまいちわからない」
「そうでしたね。ええ、数年に一人いるかいないかと聞いています」
「へぇ――……ん?」
「どうかしまし――……!?」

 そんな雑談をしていた俺たちは、揃って目を見張った。
 俺の視線を追った山折もまた、校門をよじ登って、そして華麗に着地した金髪の少年を見ているはずだ。金髪で青い目の端正な顔をした制服姿の少年に、驚いたように守衛さんが歩み寄っていく。

「転校生みたいですね」
「ああ……」

 遠くから響いてくる声で、門の開け方がわからなかったと言っているのがわかった。
 確かに難解なので、それは理解できるが、門には呼び鈴がついているのだから、登るより押すほうが早かっただろうに……すごい身体能力だ……俺は驚いた。

 見守っていると、転校生がこちらに歩いてきた。

「あ、迎えに来てくれるって叔父さんが言ってた二人ってお前らか?」
「――おそらくな。転校生か?」
「おう! 俺は、常磐陽向っていうんだ! よろしくな! です!」
「――はじめまして。僕は生徒会副会長の山折翼です」
「翼か! よろしくな! です。お前、作り笑いはやめたほうがいいぞ! です。気持ち悪い! 笑わなくても綺麗だと思うぞ!」
「なっ」
「無理して笑う必要はないぞ! です」
「……僕の心の闇を分かってくれるなんて……作り笑いを見破られたのは初めてだ……――無理に敬語を使う必要はありませんよ、陽向。さぁ、理事長室に案内します。行きましょう」

 結果、俺は置いてきぼりにされ、何やら謎の会話が行われた。
 歩き出したふたりを見て、俺は挨拶すらしていないけどいいのか悩んだ。
 しかも、山折が送っていくなら、別に俺は行かなくても良さそうだ。

 どうしたものかと見送っていたら、道中で山折が、転校生にキスしていた。
 俺は見なかったことにして、とりあえず仕事でも使用と風紀委員会室に向かった。
 初日くらい大目に見よう。この学園の洗礼だと諦めてもらおう。

 しかし、初対面で作り笑いだと指摘するのもすごい。
 俺ですら初対面時は作り笑いだったんだけれどな……俺の作り笑いはナチュラルだったということなのだろうか。話しかけられすらしなかったから目には入っていなかったのか。

 また、心の闇とはなんだろうか? 山折にもアナニー趣味でもあるのだろうか?
 いいや、あれは寧ろ、心の糧だが!
 そんなことを考えながら風紀委員会室に行くと、副委員長が来ていた。

「早いな、夏海」
「おはよう、委員長。うん、転校生が来るって聞いたから、王道展開を見たい反面、非王道かなって嫌な予感がして」
「つまり?」
「ごめんなんでもない、俺、腐男子じゃないから」

 俺は、兄を見ているので、夏海副委員長が隠せていない隠れ腐男子だという事に気づいているがスルーした。

「見てたけど、委員長はさすがだよね」
「何がだ?」
「顔面造形が綺麗すぎて、緊張した転校生が委員長とは目を合わせられないし、話しかけるのすら出来てなかったでしょ」
「いや普通に無視されただけだと思うが」
「だといいんだけど。そうだ、今日は、学食で食べよう」
「珍しいな」
「いいから。お願い! お願いします! 俺一人では行きたくてもいけないんだ」
「騒がしくなるからな」

 部活動があるため、学食は週末も開店しているのである。
 こうして、この日、虹津ヶ丘学園には、転校生がやってきたのだった。