【第四話】翌朝





 目が覚めた時、俺は全裸でシーツが掛けられていた。
 最初後孔から垂れる感触がなんなのか分からず、思考が蒙昧としていて、ツキンと頭痛がし、ぼんやりとしながら上半身を起こした。

 そして――ハッとした。

 そうだ……俺は、蜂である如月に体を貪られ、中に射精されてしまい……卵の核を産み付けられたのだ。思わず両腕で体を抱き、俺は青褪めた。背筋を冷たいものが這い、俺は恐怖でガクガクと震える。

「そんな、嘘だろ……」

 現実逃避をしたくなりながら、俺は顔を歪める。泣きそうだと、そう思った時には、眼窩から涙が溢れた。

「嫌だ……嫌だ、嘘だ……っ……そんな、そんな……うあ」

 両手で顔を覆い、俺は号泣した。怖くてたまらない。俺は今後、如月に逆らえなくなる。もう逆らえなくなっている。きっといつかは自我を失い、父のように口から涎を垂らす、人形のように無感情の存在に成り下がり、卵を産んで、死ぬのだろう。嫌だ。

「なんで……どうして……」

 如月と俺は、生徒会と風紀委員会の長だから、対立していた。その俺に卵を産み付けたというのは、きっと俺をいたぶるためだろう。ごく稀に、愛がある蜂と蜘蛛の営みであれば、蜘蛛は自我を奪われないし、卵を産んでも生きていることもあるという。だが、如月が俺を愛することは無いだろう。そんなことは、あり得ない。つまり俺に待ち受けるのは、死だ。卵は、交わる度に育ち、大体三ヶ月から半年で産まれるという。特に腹部が膨らむなどは無いが、鶏の卵のような球体でボコボコと後孔から生まれてくる。大体の場合、複数の卵が産み付けられるようだ。

 片手で唇を覆った俺は、気怠い体で寝台から降りた。
 既に部屋には如月の姿はない。時計を見れば、現在は朝の四時。六時には学園に行き、俺は校門で制服の身だしなみチェックをしなければならない。

 ――『今まで通り、強気の態度を許してやる。男前の風紀委員長様は、今まで通りでいいぞ』

 その時、如月の声が脳裏を過り、三半規管を揺らした。
 ドクンと視界が二度、ブレたようになる。

「俺は……いつも通りに……」

 そうだ、そうしなければならない。再び思考が、ぼんやりとする。
 俺はシャワーを浴びに向かった。そして黒髪を熱い温水で濡らしていると、昨夜のことが夢のように思え、かすんできた。なんということはない、そうだ、俺はいつも通りで良い。何故なのか、そのように意識が切り替わる。

 その後制服に着替えて、俺は少し早いが寮を出た。いつも朝食はとらない。

 そして学園の校門に立つ。全寮制だが、学び舎へと続く道の前に、校門があるのだ。
 竹刀を手に、俺は正面を見る――そう、いつも通りに。
 当番の時、いつも俺は険しい眼差しで、登校してくる生徒を観察する。

 それから四十分ほどすると、部活の朝練がある、運動部の者達が通学してきた。彼らは部の規律が厳しいから、基本的に服装に乱れは無い。その後、一般生徒達が登校してくる。そこには蝶あるいは蛾であるチワワ達が混じっている。ゴクリと、俺は唾液を飲み込んだ。これもいつものことだが、俺は己の欲望は抑える。

「よぉ」

 如月が姿を現したのは、予鈴が鳴った直後だった。生徒会と風紀委員会には特権があるから、授業は免除されている。俺は『いつも通り』、如月を睨めつけた。

「重役出勤だな、バ会長。遅刻だ」
「あ? 俺様に対して生意気だなァ? ん? 相良」
「規則は規則だ。きちんと守るべきだ」

 俺はきっぱりと断言した。すると俺に歩み寄ってきた如月が、俺の耳元で囁いた。

「今夜は、八時に行く。腰は大丈夫か?」
「ッ」

 ハッとして俺は如月を見てから、囁かれた左耳を片手で押さえた。
 その時には、既に如月は歩き出していた。