【十五】二日目



 恢斗の家につき、僕はまず自分にあてがわれている部屋へと向かった。
 そうして椅子に腰を下ろして、スマホを確認し――目を見開いた。二階堂から何通かメッセージが来ていたのだが、そこにはこうあった。

『王道転入生が来る事になった』

 これは早朝のものだった。

『理事長の甥らしい』
『見回りを装って、副会長が迎えに行くのを監視してくる(腐的に)!』
『見てきた。ばっちりキスしていたぞ!!』
『これは絶対に食堂イベントも来る!』
『転入生が王道か非王道かアンチか見極めなければ!』

 連続できていたそれらのメッセージを見て、僕はポカンと口を開けた。
 ぼ、僕も見たかった……! でも、これからは沢山みられる!
 嬉しさに、僕のテンションは最高潮に達した。わくわくが止まらない。

 恢斗は少しの間、宝灘の仕事をするそうだったので、僕はじっくりと返信をする事にした。食堂はもう開いているとは思うが、昼食にはまだ早い。

 王道学園のイベントとしては、クラスメイトの平凡くんや、爽やかな生徒、寮の同室者の一匹狼と共に行くかもしれないが、二階堂のメッセージを見ると今日中にある可能性もある。同室者となら、行っても不自然さは無いし、大半の生徒は学園に残っているから、食堂にも人はいるだろう。恢斗以外の生徒会役員も帰宅している様子は無いから、双子の庶務がクルクル回ったりするのだろうか。ああ、見たかった!

 そんな事を考えながら、僕は『詳しくお願い!』と、二階堂にメッセージを返した。本音を言えば、動画も撮っておいて欲しかったが、それは言わなかった。

 その後、昼食の時間に、僕と恢斗は合流した。
 この家のシェフの料理も大層美味だったが、僕は王道転入生の事で頭がいっぱいだったため、時間帯的に、今頃イベントが起きているのかばかりに気を取られていた。

 すると食後、僕の部屋についてきた恢斗が首を傾げた。

「どうかしたのか?」
「え? な、なんで?」
「心ここに在らずに見える」
「あ、そ、その……ちょっと、趣味について考えていて」

 僕が濁そうとすると、恢斗が腕を組んだ。

「紫樹の趣味? 俺はそれが知りたい。紫樹が好きな物を、俺は全て知りたいぞ」

 僕は言葉に詰まった。腐男子である事について、カミングアウトする勇気はない……!

「ええと……小説を読む事だよ」

 嘘ではない。決して嘘ではない。僕はBLや王道学園だとは告げなかったが、それらがテーマの小説を読んでいるのは本当だ。

「あまり本を開いている姿は見ないが?」
「スマホで読んでるんだよ」
「なるほどな。最近は、電子書籍があるか」

 何度か恢斗が頷いた。ホッとして、僕も大きく頷き返した。

「どんな内容の小説が好きなんだ?」
「っ……その……高校生が主人公のお話だよ」
「そうか。青春ものか」

 ある意味では青春だろう。僕は曖昧に笑って頷いた。
 その後、午後は恢斗に来客があるとの事で、僕も同席するように言われた。お茶の時間帯に一階の応接間へと二人で向かうと、客人は既に来ていた。僕達が入室すると、僕達よりも年上の青年が立ち上がった。

「お久しぶりです、恢斗くん。そしてお初にお目にかかります、俺は、荒貴瀬蒼甫(あらたかせそうすけ)と申します。桐緋堂家の方にお目にかかれて光栄です」

 二十代前半だろう青年の言葉に、僕は昨夜も浮かべていた桐緋堂家の人間らしい微笑を浮かべた。

「桐緋堂紫樹と申します。どうぞお見知りおきください」

 すると隣で恢斗が手で促した。

「おかけください、蒼甫さん」

 それから恢斗も座ったので、僕もその隣に腰を下ろす。僕と恢斗が座る長椅子の正面のテーブルに、使用人が紅茶のカップを置いた。続いて荒貴瀬さんの前にもカップを置き、壁際に下がった。

「これはつまらないものですが」

 恢斗を見て、荒貴瀬さんが菓子折りを渡した。受け取ってから、恢斗が使用人を見る。お礼を告げてから、恢斗は箱を使用人に渡した。それを見守っていると、荒貴瀬さんが言った。

「実はもうじき教育実習があるんです」
「確か蒼甫さんは教育学部でしたね。母校は北藤峰学園だったと、俺も入学前にお話を伺った記憶が」

 恢斗の言葉に、大きく荒貴瀬さんが頷いた。

「覚えていてくれて嬉しいです。そうなんです。その縁で、北藤峰学園高等部に教育実習に行くので、顔を合わせる機会もあると思い、先に恢斗くんにご挨拶をと思って」
「お気遣い有難うございます」

 二人のやりとりを聞きながら、僕は静かに座っていた。僕も同席した理由も理解した。僕もまた、生徒だからだろう。そう考えていると、荒貴瀬さんが不意に僕を見た。そのまま、暫くの間、じっと僕を見据え、短く息を呑んでからずっと唇を薄っすらと開けていた。

「……お綺麗ですね」

 漸く声を出したと思ったら、ポツリと荒貴瀬さんがそう言った。僕はこれでも、そう言われる事には慣れているので、特に反応はせず、そのまま笑っておいた。すると隣で恢斗が咳払いした。そちらを一瞥すると、双眸を細くした恢斗が非常に不機嫌そうな目をして、荒貴瀬さんを睨むように見ていた。

「紫樹は俺の許婚です。不用意な発言は控えて欲しいな」
「――っ、失礼しました。恢斗くんのご気分を害するつもりは無かったんだ。本当です。ただ、つい見惚れてしまって」
「その気持ちはわかるけれどな、蒼甫さん。俺は気分が悪い」

 二人は一定の距離感を保ってはいるが、それなりに親しそうに見えた。
 それから暫しの間歓談し、最後にまた『宜しくお願いします』と述べて、荒貴瀬さんは帰っていった。玄関で見送っていると、恢斗が僕の腰に腕をまわして抱き寄せてきた。

「お前が他の誰かに見られているのも嫌だと気づいた」
「そんな事を言われても……」
「はぁ。紫樹には、俺以外の前ではあまり隙が無いのが唯一の救いだ」
「恢斗は特別だけど、一応桐緋堂の人間として、距離の取り方は学んでいるから」
「俺が特別で本当に嬉しい」

 そんなやりとりをしてから、僕達は少しの間綺麗な庭の散策をした。
 そして夕食後、夜は恢斗にこの夜も僕はじっくりと体を暴かれた。

 なおこの日も翌朝も、夜になっても二階堂からメッセージの返事は無かった。
 そのようにして僕と恢斗は昼食を食べてから、学園へと戻ったのだった。