8:親衛隊長、一匹狼と遭遇!


 翌日僕は、ため息を尽きながら日向館へと向かっていた。
 ここ数日、綾斗様のせいで慌ただしい日々を送っている。僕はどちらかと言われれば平穏に日々を過ごしたい。だけど昨日指を舐められた時は、不覚にもドキドキしてしまった。

 今も手には、ちょっと大げさすぎる包帯が巻いてある。だけど包帯が常備してあるお部屋ってすごいな。保健室に行けばいいのに。何に使うんだろう。僕の部屋なんて絆創膏もないのにな!

 そんなことを考えながら歩いていたら、もくもくと白い煙が見えてきた。
 日向館の裏は、この学園で一匹狼と呼ばれている、古賀春風(こがはるか)の縄張
りとされている。だからすごく日当たりがいいのに、会計親衛隊以外がお茶会に使おうとしたり溜まり場にしたりしないんだよね。

「春風。またやってるの?」
「……んだよ、歌織か。びびらせんな」

 そう、こいつは、びびりだ。
 そしてみんなにタバコを吸っていると勘違いされている金髪の不良だが、やっているのはただの焚き火だ。この場所だけ焚き火が許可されているのである。春風は部類の焼き芋好きで、常日頃授業をサボってまで焼き芋をしているのだ。アルミホイルや新聞紙にはかなりのこだわりがあるらしい。

 ちなみにそれを知っているのは僕だけだ。春風は友達がいないからな!

「お前も食うか?」
「いただきます!」

 僕はアルミホイルに包まれた焼き芋を眺めた。熱いので軍手をしなければダメだ。

 ちなみに春風と僕は、初等部時代の六年間ずっと寮が一緒だった。

 いわゆる幼馴染に近いものがあるだろう。春風の唯一と言っていいだろう友達が僕だ。何せ中等部で部屋が変わってから、春風は一匹狼になってしまったのだからな!

 その代わり僕が隊長をしている会計親衛隊はどうどうと日向館を使えたりもする。

 それにしても部屋が変わってから、本当に春風は見た目も何もかもが変わった。一体何が起きたのだろう。軍手をはめて僕は、焼き芋を食べながら首を傾げた。いつものことである。

 それにしてもちょうど良い甘さで美味しいな!

「で、どうなんだよ?」
「美味しい!」
「違うわ、ボケ。会計と」
「え?」
「俺の耳にまで入ってんぞ」
「……」

 何ということだ。ぼっちの春風の耳にまで入っているということは相当噂になっているということだ。しかし、どう、とはなんだ! どうもこうもない。何事もないんだぞ!

「あんなのやめとけ。ヤリチン」
「綾斗様はぁ、そんな人じゃないですぅ――きゃっ」
「うぜぇ」
「うるさいなぁ。誰かに聞かれたらどうするんだよ」
「お前以外の誰が来んだよ。基本いねぇ」
「じゃあいっつも誰にびびってんの」
「そ、それは……ほ、ほら、ゆ、幽霊とか? い、いるわけねぇけど」

 そう、そうなのだ。手で殴ることができないからという理由で、春風はオカルト系に弱いのだ。何度僕がおててをつないでトイレまで連れて行ったかわからない。

「ほ、ほら、俺だって髪金にしたし、カラコンしてるし、ピアスあいてるだろ」
「? 何と戦ってるの」
「お前の信望する会計」
「? 綾斗様に勝ちたいなら、自分の親衛隊の体調に声をかけて付き合えば勝てるよ。僕たちは付き合ってないからな」
「それじゃ意味ねぇんだよ――って、本当か? よかった、付き合ってないのか」
「何も良くないんだよ。春風にまで誤解されるってことは相当だ。ああ、増えるワカメ……」
「ワカメ? 切れてんのか? 買ってやろうか?」
「いいよ。春風も親衛隊いるから、制裁されちゃう」
「お前を……? 一体どこのツワモノだ、それは」

 春風は親衛隊になど興味はない様子だし、制裁だってされたことがないだろうし、増えるワカメの存在を知らないのだ。頭のネジがちょっとゆるいんじゃないのか!

 まったくイケメンとはかくも羨ましい!

「また溜まり場に行くのか?」
「当然。これでも隊長だからね」
「あんなやつのどこがいいんだよ」
「人様をあんなやつとか言わないところかな」
「っ、俺だってお前絡みじゃなけりゃ……」
「よくわからないけど他人下げする人間が僕は嫌いだ」
「……」

 僕の言葉に春風が涙ぐんだ。春風は昔から涙もろいのだ。
 だけど僕は間違ったことは言ってないと思うんだよね。

「悪いお前のことが好きすぎて、何も考えられなくて……」
「あ! 蜂の巣がある! 逃げないと!」
「え、あ……なんで聞いてくれねぇんだよ……」
「逃げるぞ!」
「……」

 昔から春風は抜けているところがあるからな。何か言っているが対した事ではないだろうから聞き流しつつ、僕は春風の手を取った。

 その時のことだった。

「へぇ。仲がいいって噂本当だったのか」
「「!」」

 そこには綾斗様が立っていた。僕と春風は揃って硬直した。
 今のは怖かった。地味に怖かった。気配など皆無だった。綾斗さまよ、お前は幽霊か! ヤンデレか!

「歌織ちゃんのはじめてが古賀で、無理やりだったって……」
「あ?」
「信じてないんだけど、何この焼き芋な感じ」
「い、いいだろ! 大好きなんだよ!」

 綾斗様と春風がなにやら話し始めたが、僕は敵(蜂)に夢中だった。
 僕以外、戦うヒーローがこの場には誰もいない! 何ということだ。
 僕は木の棒を拾い、構えた。
 こっちに向かってきたらどうしよう!
 そんなことを考えながらじっと蜂の巣を凝視した。

「ずっと歌織ちゃんのこと見てきたから、仲良いんなら古賀もそんな悪いやつじゃないんだろうと思ってたんだけど……煙草じゃなくて焼き芋。はは、煙の規模が違いすぎ」
「案外話がわかるやつだな――っておい、笑うな、ふざけるな、歌織は渡さねぇ」
「いやもう俺のだから」
「付き合ってねぇって聞いたぞ」
「時間の問題ってやつだし」
「あ?」
「ただ、良かった。むしろ同士! 俺より片思い長い奴がいてホッとした!」
「ちょっとマテおかしいだろ、その安心の仕方!」

 蜂は無事に去って行った。安堵しながら僕が二人を見る。
 その時綾斗様が駆け寄ってきた。
 そしてここ数日で慣れたとおりすっぽりと抱きすくめられた。慣れたってどうなんだよ僕……!

「歌織ちゃん、歌織ちゃん、指は大丈夫?」
「大丈夫ですぅ」
「ちゃんと保健室行った?」
「……て、てへぺろ」
「また古典的に来たな。昨日行くって約束したじゃん」
「平気ですぅ」

 綾斗様は、案外しつこいな。まぁそれもこれも心配してもらっているからだと思えば悪い気はしない。寧ろ有難い。

「今から一緒に行こう」
「はい!」

 そんなやり取りをしてから、僕は春風に振り返った。

「ちょっと行ってくるね」
「チッ……怪我に気づかなかったなんて、俺、俺……」

 何か行っていたが手を振る。すると無事な方の手を綾斗様に恋人つなぎされた。なんだ、なんなんだ、綾斗様は恋人つなぎが趣味なのか? 春風の焼き芋みたいなものなのか?

 とりあえずそんなこんなで、僕は保健室へと向かうことになったのだった。