9:親衛隊長、保健室に行く!
こうして僕は、綾斗様に連れられて、保健室に出かけた。
また手を繋がれている……囚人の気分を味わった。綾斗様は、会計ではなく看守が向いているのかもしれない。そういえば、そろそろ進路調査表を提出しなければならない。もうすぐ夏休みなのだが、その前までに決めなければならないのだ。僕の中で決まっていることとしては、実家の寺は継がないということだけである。
ガラガラと音を立てて保健室の扉を綾斗様が開けた。
中には人気がない。ここの保険医はサボり癖があるのだ。
無駄に構内を徘徊して「生BL」と叫んで鼻血を出すことで有名である。
「歌織ちゃん、そこに座って」
「はぁい」
僕はベッドに座った。
「え、あ、いや……椅子だったんだけど、そこでもいいよ」
「ありがとうございますぅ」
ボロい回転椅子より、絶対ベッドの方が座り心地が良い。
看守(綾斗様)の許可が出たので、僕は白いベッドに座り直し、手を見た。
怪我なんて全く大したことはない。
だがその後、綾斗様は大げさなほどに包帯を巻いてくれた。
どう考えても綾斗様には、手当の知識なんか皆無だ。だからこそ保健室に来たというのに、これでは無意味である。綾斗様に治療してもらうためではなく、保険医の先生に会いに来たのだからな!
「よし、こんなものかな」
「綾斗様、すごい!」
「……あ、その、ありがとう……」
僕の言葉になぜなのか綾斗様が真っ赤になった。激しく照れているのが分かる。手当上手を褒められて喜ぶなんて、もしや綾斗様の進路は医療関係なのだろうか?
向いていないと思う。教えてあげたほうが良いだろう。
「ベッドに座ってる歌織ちゃんを見てると、押し倒したい衝動が」
「綾斗様、無理です」
僕の言葉と綾斗様の声が重なったので、上手く聞き取れなかった。
――?
なんとか分析しようと考えていたら、綾斗様が一歩早く声をあげた。
「そっ、そんなにきっぱり言わなくても」
「綾斗様には知識と技術が圧倒的に足りません。どう考えても下手です!」
「っ、げほ」
綾斗様が咽せた。僕の声の方は、きちんと聞き取ってもらっていたらしい。
「……そ、そこまで言わなくても……そこまで言うんなら、俺の技量、確認してよ」
もう一度包帯を巻き直すと言うことだろうか?
包帯の無駄遣いだが、綾斗様の将来のためだ。親衛隊長として、一肌脱ごう。
「分かりました、どうぞ!」
「え」
「思う存分やって下さい」
「ヤっていいの!?」
「はい!」
僕が大きく頷いた瞬間……何故なのか、綾斗様が僕を押し倒した。ん?
「え、ええと?」
「もう俺限界だから。無理」
「!」
綾斗様の顔が近づいてくる。僕は目を見開いた。
状況がよく分からない。治療じゃないのか?
それとも人工呼吸の技量でも試すつもりなのか?
まずい、逃げないと、と、思うのだが、あまりにも急なことで、僕は体の動かし方を忘れた。どうしよう、どうしよう。
焦っていたその時……ガラガラガラと扉の音がした。
「ぶはっ、会計が、会計が、チャラ男会計攻めが!!」
入って来た保険医が奇声を発した。思わずそちらを見ると、白衣が鼻血で染まっていた。
硬直した綾斗様が、それから真っ赤になって身を起こした。そのため僕は無事解放された。良かった……気をつけよう。
「なんで今戻ってくるんですか、先生……!」
「ご、ごめん」
「だけど良かった、歌織ちゃんの指をみて下さい」
「指?」
こうして、僕はプロに治療してもらった。包帯の厚さが十分の一になった。
綾斗様も自分ではダメだと言う自覚がきちんとあったようだ。
少しだけ、優しいなと思った。同時に……真正面で見ると、やっぱり端正な顔をしているなと思ってしまった……雰囲気ではなく、本物のイケメンである……。