【一】俺の耳だけ三角形。




 ここは、キノコの谷。
 俺は、村のはずれの林の中に住んでいる。
 一応白兎族の敷地だ。

 だけど、住宅が並ぶ集落からは離れている。
 鏡を見ながら、俺はため息をついた。
 理由は――俺の耳と尻尾の色なのだ……瞳の色も違うのだが。

 白兎族の他のみんなは、白くて長い綺麗なお耳をしている。
 なのに俺だけ、黒くて短いのだ。
 しかもみんなと違って、三角形なのである……悲しくなってしまう。

 それにみんなは、丸いふわふわの白く短いしっぽなのに、こちらは俺一人だけ長くてシュッとしている。黒いお耳に黒い尻尾の白兎族は、俺だけなのだ。

 瞳の色もみんな赤いのに、俺だけ黒くて、金色の輪っかが中に見える。
 みんなとは色も形も全然違うのだ。
 だから、白兎族失格として、俺は一人でここで暮らすようにとみんなに言われた。

 俺は知っている。これは、村八分という奴だ。
 街に税金の人参を納めに行った時に、ヒソヒソと村の人達がそう言っていたのである。

「黒い悪魔の子が来た」
「忌々しい」
「白兎族の恥だ」

 声を小さくして人々は話しているのだろうが、ばっちりと聞こえた。
 聞かなくてもいつも言われるから、想像はつく。
 だけど俺に直接は言わない。俺とは話すのも汚らわしいそうで無視するのだ。
 いないものとして扱うらしい。

 そう言った光景を思い出すと、憂鬱だった。
 だけど今日は、月に一度の納税の日だから、村に行かなければならない……。

 もう一度ため息をついてから、俺は着替えて外へと出た。
 お店は俺に食べ物を売ってくれないから、いつも自分で育てた畑の野菜を食べている。
 本当はお腹いっぱいお肉やお魚を食べてみたいのだが、その願いが叶う日は来ないだろう。

 俺のことを雇ってくれるところもないから、俺にはお仕事もないのである。
 毎日畑を耕して、家で亡くなった家族の残した書物の整理をしている。
 物心着いた時には、お父様はいなくて、お母様だけだった。

 お母様は、歴とした白兎族で、純白の長い耳をしていた。
 だからきっと俺は、お父様似だったのだろう……。
 どんな人だったのかは想像するしかないが、本が好きだったらしいのは分かる。

 俺の家には、沢山の本があるのだ。
 お母様は、「ネル、これはね、魔導書なのよ」と言っていた。
 俺は学校に入れてもらえなくて、文字が読めないから、魔導書がどういうお話なのかは分からない。だから、模様と数字で並べ替えたりして整理している。

 ちなみにネルというのが俺の名前だ。苗字は無い。みんなはあるのに。
 俺はただのネルだ。

 玄関で靴を履き、俺は昨日収穫した人参が沢山入ったカゴを背負った。
 重たいが、いつものことである。
 ヨタヨタと俺は立ち上がった。

 木々の間の獣道を通り抜けて、村の中央を目指す。
 目印は、大きなキノコ型の村長様のお家だ。
 俺以外は、午前十時から納税なんだけど、他の人々から苦情が出るからと、俺だけ朝八時に納めることになっている。

 歩いて行き、噴水のある広場に差し掛かった時だった。

「!」

 目の前を石が飛んでいった。
 ハッとした時、続いて俺の頭に別の小石が当たった。
 見れば、村の幼子達が、俺を見て笑っていた。

「やめろ!」

 俺が声を上げた瞬間、逆に一斉に子供たちが石を投げ出した。
 石はシャレにならない。当たると痛いし、悪くすれば怪我をする。
 子供達には、その辺の危険がわからないのだろう。

 まだ学校に入る前の五歳前後の子供達だ。
 学校は、六歳からなのだ。
 ちなみに俺は、もう十七歳である。なのに一度も学校に行ったことはない。

 だけどあの子供たちよりは頭がいいと思う。
 石を人に向かって投げちゃいけないとちゃんと知っているのだからな!

「痛っ、や、やめろ! やめてくれ!」

 だが、何度言っても石が止まる気配はないので、俺は重いカゴを背負ったまま、必死に走った。そして、なんとか村長様の家にたどり着いた。すると怖い顔をした村長様がいた。

「ネル。なにやら噴水前で騒ぎを起こしたそうじゃな」
「子供達が石を投げてきたんです」
「村には良い子しかおらぬ。嘘をつくでない!」
「っ」
「罰として、増税じゃ! 夕暮れまでにもうひとカゴ分人参を持って参れ」
「えっ、待ってくれ、そうしたら俺の今月の食べ物が……」
「ならば鞭打ちの刑を選ぶか?」
「……分かりました……」

 今月はただでさえ不作だというのに……俺は涙が出そうになってしまった。
 だが、村長様の言いつけは絶対である。

 村長様が鞭打ちの刑を命じたら、俺は茨の鞭で朝まで叩かれることになるのだ……そうすると背中の皮膚が破れて、一ヶ月は起き上がれなくなってしまうから、絶対に嫌だ……。


 家へと向かって引き返し、俺は歩き出した。
 すると村のはずれに、バルナ達がいた。俺と同じ年で、いつもつるんでいる。
 俺を見つけるとニヤニヤと笑った。

「不細工が来たぞ!」
「「「「ぶは」」」」

 バルナが言うと、周囲が一斉に吹き出した。
 彼らは、俺の耳と尻尾、そして瞳の色が醜いというのだ……俺も、自分で、黒いお耳が嫌いだ。みんなの白いお耳は確かに綺麗だし、立派だ。本当のことを言われているから、俺は反論できない。

「ゴキブリ色だな!」
「うわぁキモ」
「鳥肌立つ」

 俺はショックを受けた。涙が出そうだ。確かに俺の毛並みは艷やかだ……。
 お母様だけが、綺麗だといって撫でてくれた。
 いつも「綺麗な日蝕色」と言っていたが、日蝕が何か俺は知らない。
 ただ、ゴキブリよりはマシそうだ。

「お前みたいな気持ちわるいのは、白兎族じゃない!」
「「「「間違いない!」」」」
「結婚もできない!」
「「「「無理だね!」」」」

 笑いながら悪口を言われて、俺は悲しくなった。
 だが、話しかけてくれるだけ、彼らはマシだ。石も投げないし。
 いつも誰とも話さず、俺は一人でお家にいるからだ……。
 だから本当は、早く結婚して家族が欲しい。

 十七歳は、番を見つけ始める時期なのだ。
 俺にはまだ来ないけれど、そろそろ発情期というものが来るらしいのだ。
 そうすると子供ができるようになるらしい。

 俺も可愛いお嫁さんが欲しいが、みんなが言う通り、俺は醜いから結婚は諦めている……はぁ。朝から憂鬱になってしまった。

 何も返す言葉が見つからないので、悔しいが逃げるようにして、俺は家路を急いだ。