【十四】幸せ。(★)
新年がやってきた。キノコの谷以外で新年を迎えるのは、初めてだ。
一日、俺が正妃になると、大陸新聞に記事が載った。一面だ。
城に滞在している人々にも、お祝いの言葉をかけてもらった。
まだ実感は無い。なにせ、男と男が結婚するというのがまだよく分からないのだ。
ただ、最近、俺を見ると必ずぎゅっとするフェンネル様のスキンシップが過多だというのはよく分かる。俺はちょっと慣れてきた。なにせ人前でもどこでも俺を見るとぎゅっとするのだ。
「は、離せ! 恥ずかしい!」
今なんて晩餐の食堂だ。みんなこちらを見ている。俺は真っ赤になった。
「どうして?」
「え」
「正式な公的に認められた恋人に抱きついて何の問題があるんだ?」
「……」
「これまで我慢していたものは、取り戻さなければならない」
フェンネル様の豹変に、俺は困ってしまった。
すると、俺の肩で、俺の想いをクラウゼンが汲み取ってくれた。
「我が主も困ったものだ。主、そんなことでは、ネルに嫌われてしまうぞ」
「そ、それはないけど!」
思わず俺が首を振ると、クラウゼンが笑う気配がした。
「嫌なことはきちんと嫌だと言っていいのだからな」
「うん」
「クラウゼン、お前は誰の召還獣なんだ?」
「今は、主の召還獣だ」
その言葉に、俺は首を傾げた。
「昔は違ったのか?」
すると、クラウゼンが不意に肩から消えた。
驚いていると、目の前の椅子に座っている青年がいた。久しぶりに見た。
食堂のみんなも驚いている。
「俺は、元々は、黒猫族の初代国王クロルの召還獣だった」
「え!?」
「ネルは、クロルによく似ている。ネフェルもまた、クロルによく似ていた」
俺は驚いた。聞いていた人々も目を見張っている。
ただ一人、フェンネル様だけが静かに頷いていた。
「猫獣人が最初に契約した召還獣がクラウゼンだ」
「いかにも」
「ネル、クラウゼンはな、黒猫族の王家を未来永劫守ると誓ったそうだ。だから、俺がいない時は、クラウゼンを頼るように。クラウゼン、お前もきちんと役目を果たせ」
「言われずとも」
クラウゼンはそう言うと、立ち上がって、俺の手を取った。両手で俺の手を握ると、俺を覗き込んだ。
「愛した者の末裔だ。命をかけても」
それからクラウゼンが、俺の手の甲にキスをした。
すると慌てたようにフェンネル様が俺を引き寄せて、抱きしめながらクラウゼンに対して目を細めたのだった。クラウゼンはそれを見て、喉で笑った。楽しそうだった。
そんな新年の初日の後、ソフィア様と話す機会があった。
「おめでとうございます」
「ありがとう……けど、良いのか? ソフィア様は、フェンネル様を好きなんだろう?」
「ああ、それは、そういうフリをしていただけです。フェンネル様もご存じですよ」
「え!?」
「僕が欲しかったのは、正妃という地位です」
「!!」
「ただ――……ネル様が相手ならば、仕方ありません。あきらめもつきました。あのフェンネル様がデレデレですからね」
ソフィア様は、クスクスと笑っていた。いつもよりも人間味が感じられた。
友人を思いやるような眼差しだった。
「フェンネル様は、言うなれば悪友というか、大切な友人なんですよ」
「そうなのか……」
「傍から見ていてネル様を好きなのはすぐに分かったんですが、煮え切らないからイライラしていたんです。それで後押しを」
「後押し?」
「――瞬火の香水、効いたでしょう?」
「!!」
俺は、真っ赤になってしまった。そういえば、あれはソフィア様からもらったのだった。
「お幸せに」
ソフィア様はそう言って微笑むと、帰っていった。
俺に本当の発情期が来たのは、新年の半ばの事だった。
やはり体が熱くなった。前回の記憶があるから、今回はすぐに分かった。
ただちょっと怖くて、俺は震えた。すると気づいたらしく、クラウゼンがフェンネル様を呼びに行ってくれた。やってきたフェンネル様は――俺を抱きしめた。
その刺激だけで辛かった。気を利かせたのか、クラウゼンは戻ってこない。
「ようやく――食が細すぎるから、遅かったのだろうな」
「あ……ぁ……フェンネル様……ン」
深々と唇を貪られて、俺は目をきつく閉じた。
「まずいな、抑制が効かない。お前を見ていると、発情期ではない俺までおかしくなる。こんな調子では、俺側が発情したら、どうなることか」
「……フェンネル様……」
俺はギュッとフェンネル様の服を掴んだ。すると優しく抱き上げられて、ベッドに下ろされた。首元のリボンを解かれる。俺は、結び方を教えてもらったので、今では前よりは綺麗に結べるようになった。それが、はらりと横に落ちた。
それから、俺は全身をフェンネル様に舐められた。
耳の後ろを舐められ、首筋を舐められ、太もも、膝の裏、体中を丹念に愛撫された。
何も考えられなくなっていく。フェンネル様の存在だけが全てになる。
「フェンネル様ぁ……っ」
「ん?」
「俺、フェンネル様が好きだ」
「!」
「ずっとそばにいてくれ」
「言われなくてもな。絶対にお前を一人にしない。愛している」
そう言ってフェンネル様が俺を抱き起こした。
後ろから抱きしめるようにして挿入され、俺は突き上げられた。
不安定な姿勢に、体になんとか力を込めようとしたが、つま先が丸くなるだけだった。
そして「愛してる」と、何度も耳元で囁かれながら、俺は果てさせられた。
――前回と異なり、俺の体は、おかしなほど果てた。果てても果てても止まらない。
白液が何度もシーツを汚した。また、中をフェンネル様に染め上げられるたびに、言い知れない幸福が体中を支配した。直感的に、この満たされた感覚が発情期に甘受できる愛なんじゃないかなと思った。肉体的な愛だ。感情的な愛は、とっくに貰っていた。
その後――俺の発情期は、三日ほど続いた。
ずっとフェンネル様と抱き合っていた。
なお……発情期が終わってからも、それを境に、俺は夜毎フェンネル様と一緒に眠るようになった。発情期でなくとも、体がどんどん敏感になっていった。いつもドロドロに甘やかされて、溶けてしまいそうになる。
そうして、城で迎える、初めての春がやってきた。
もうすぐ、俺とフェンネル様の結婚式がある。
クレソンさんと共に庭を散歩していると、ライネルがやってきて花壇の説明をしてくれた。するとソフィア様がやってきてお茶に誘ってくれた。その席にはスピネルがいて、なんと、もうすぐ狐獣人の国に旅に行くからお土産を買ってきてくれるといった。
「今度一緒に行こうね」
「――ダメだ」
そこへ、唐突に声が響き、俺は後ろから腕を回された。フェンネル様だった。
「代わりに早く戻って、お前が土産話をして我慢させろ」
フェンネル様がそう言うと、スピネルが少し驚いた顔をした。
「――分かったよ。お言葉に甘えてまた来るよ」
この二人の仲も、前より少し近くなった気がした。
その時クラウゼンが空へ飛んだ。金色の羽が落ちてきて、羽ばたく度に魔力が粉になって光った。色とりどりの宝石のようだった。皆が、賑やかに感動の声を上げた。
幸せな空間だ。俺は死ぬほど幸せだ。そして、俺は、ここにいても良いらしい。
俺はそう考えて嬉しくなって、フェンネル様が回している腕に触れた。
――次の春には子供が生まれて、もっと賑やかになるのだが、それはまた別のお話だ。