【四】最初の日(☆)
「カルテ……?」
「ああ。この俺以外に理解できる医術師がこの大陸に五人いるかも怪しい魔力過多による内部心筋肥大の外部魔力圧による――」
首を傾げた僕を抱く腕に力を込め、早口でエルトが難解な用語をまくしたてたが、聞き取ってメモするのがやっとで、僕には意味がさっぱり分からない。エルトは僕のノートを勢いよくめくりながら、「この症例は=vと長々注釈を始めたり、「この患者は、この前歩けるようになったと手紙がきた」と、嬉しそうに語ったりした。この時初めて、僕はエルトの少しだけ優しい顔を見た。
「このノート、非常に有効だ。貰っておく」
「え」
「あ? 文句があるのか?」
サラリと言ったエルトに対して声をあげたら、再び怖い顔になった彼に睨まれた。
悪いが、文句しかない。ここまで必死に僕は仕事として、医術師の記録を取ってきたというのに、それがなくなってしまうのだ。非常に困る。だがそれを口にしたら、僕は殺されてしまうだろう。
「……何も泣かなくてもいいだろ。大人なんだから」
「泣いてないです。涙ぐんでるだけだ!」
「変わらないだろ! ……はぁ。お前、絶対違うと思いつつ聞くが、医術師か?」
「違います」
「じゃあこのカルテにも、俺の施した術式にも用はないはずだ」
「僕はエルトの全てを知らないとだめなんです!」
その日何をしたのか、どんな人物なのか、そう言った知識の積み重ねがあってこそ、きちんと仕事が完了すると僕は思っている。
「俺の全て?」
僕の言葉に、エルトが目を丸くした。それから眉間にしわを寄せてじっと僕を見た後、そのまま口角を持ち上げた。
「教えてやろうじゃねぇか。代わりにカルテを寄越せよ」
「え?」
意味がわからず瞬きをしていると、エルトが人差し指で僕の唇をなぞった。
狼狽えながら首を動かしエルトを改めてみると、じっと覗き込むように僕を見ていた。
エルトの髪の毛が僕に触れ、吐息が耳を擽る。
「知りたくないか?」
「な、何を……?」
「俺がどうやってお前を抱くか」
「!?」
ビシッと僕は腕の中で硬直した。エルトの顔が近づいてくる。唇が、ごくごく近い距離にあった。知りたいか知りたくないかと言われたならば、秘書官として『勇者パーティの医術師のヤり方』というのは、書いておいてもいいだろう。去年の勇者担当者は、振られ続けていていまだ童貞の勇者について詳細に記述して、魔王様から爵位を頂いていた。だから僕も医術師の下ネタを書き記したら、爵位がもらえるかもしれない。だけど……対象が、『僕』である……。
「ま、待って――」
「どうしようかな」
「っ」
エルトが僕の首筋を指で撫で、それから鎖骨をなぞった。それを繰り返してから、今度は両手で僕の服をはだけた。僕はただ真っ赤になって困惑しているしかできず、気付いた時には、胸の突起をそれぞれの手でつままれていた。
「あっ」
思わず声が出たから、それが恥ずかしくて、両手で唇を覆う。
すると気を良くしたように、エルトの手の動きが早くなった。
ツキンと快楽が生まれて体が疼く。背筋がゾクゾクした。
エルトの指先は巧みで、緩急をつけて僕の乳頭を擦っては、時に強く弾く。
「あ、あ……」
そのまま右手だけが、僕の下衣の中へと入ってきた。
ゆるく陰茎を握られた時――……情けないことに僕は、少し勃っていた。
後ろでエルトが喉で笑った気配がする。
「あ、嘘、あっ、ああっ……ひっ」
そこから左の胸と陰茎を同時に刺激されて、僕は涙ぐんだ。
あんまりにも気持ち良かったのだ。まるで僕でさえ知らない僕の感じる場所がどこなのか、エルトは最初から頭に入っていたみたいに、気持ちの良い場所ばかりを見つけ出す。例えば右より左の乳首が気持ちいとちょっとだけ僕は思っていたら、今エルトの手が残っているのは左だ。
「ん、ン、ぁ……」
ゆっくりとゆっくりと高められていく。体が次第に暖かくなり、僕の息は上がり始めた。完全に流されてしまっている僕は、何か言おうと唇を動かすのだが、そうすると言葉ではなく嬌声が漏れる。それがどうしようもなく恥ずかしい。
「あ、あ、あ――っ、ああ!!」
ひときわ強く刺激された時、僕は放ってしまった。肩で息をしていると、僕の目の前に、白液で濡れた指をエルトが持ち上げた。一気に羞恥にかられ、我ながら真っ赤だろう僕は、なんとかそれを隠そうと、両手で顔を覆った。
「今日はここまでだ。一回に教えると、お前は頭がパンクしそうだからな」
「……」
「このカルテは貰う。これからも頼んだぞ」
エルトはそう言うと、医術の一つである清浄化の術で僕の体を綺麗にしてから、衣服を直してくれた。真っ赤のままで、僕は黙っていた。
「さて、帰るか」
立ち上がったエルトが歩き出す。僕も一緒に立ち上がったのだが、体から腕が離れたため自由になったので、立ち止まりエルトを眺めていた。まっすぐにエルトは歩いていく。見守っていると、少ししてから静かに彼は立ち止まった。
「帰らないのか?」
「帰るけど……」
「迷うなよ。そもそも、一人で道がわかるのか?」
「分かりません……」
僕の声に、振り返ったエルトが、相変わらずの不機嫌そうな眼差しでこちらを見た。
「だったらさっさとついてこい」
そう言ってエルトが手を差し出したので、歩み寄り、僕は恐る恐るその手に触れた。
こうして手を繋ぎ、僕たちは一緒に森を抜けて、元々の場所へと戻った。
この日が、僕とエルトが二人きりで話した、最初の日である。