【六】廃教会




「入れよ。そういえば、魔族は教会には入れないんだったか?」
「入れないんですけど、僕は大丈夫……個体差? えっ、あ、それより……っ、いつから気づいていたんですか!?」
「……最初からとしか言えない」
「僕、はみ出してました!?」
「全露出だ、残念ながら」
「くっ」

 バレてしまったのだから仕方がないとして、僕は扉から中に入った。すると、振り返ったエルトが、青い目を細くして微笑んだ。いつも険しい顔をしているから、不意に見た笑顔に胸を打たれた。もっとも、目を丸くしてそれを見ていると、すぐにエルトは普段の、瞳孔が開いているようなきつい眼差しに戻った。

「お前は頭が悪いな」
「何故ですか?」
「俺は、お前がひとりきりになるのを見計らって、自分も一人になっている。それでお前が付いてくるかどうかを、今日まで確認していたんだ」
「え」
「ここ最近――あの秀逸なカルテを手に入れた日の後から、何故なのか、魔王四天王の一人、煉獄の秘書官と名高いリューク卿がお前につきっきりだったからな」
「魔王四天王……?」

 僕も噂にはその存在を聞いたことがあった。だが、誰がそうなのかまでは知らなかった。ま、まさか、リューク様が……? 瞠目していると、エルトが僕を睨めつけた。その眼光に萎縮する。

「古の人間の国々――西の大国だったコルツフェルドも、東の帝国アルバジルも、リューク卿がいなければ既に歴史書に名前はなかっただろう。魔族の記録も時に役立つ……その代表者として、人間でも知っている偉大な魔族の貴重な一人だが……関係者か? だからお前は、あんなに秀逸なカルテが書けたのか?」
「え、え? 全部初耳です! アルバジル……?」

 僕は首をかしげた。アルバジルというのは、僕の出自の少数民族の民族名と同じだ。

「俺の父方が、コルツフェルドの王族の血を引いていると誇っていてな。俺から見れば、何世代も前の話であり、遺伝学的に間違いではないにしろ、それを自慢するような神経は信じられなかったが――幼い頃に聞いたコルツフェルドの話は、相応に興味をそそったぞ」

 エルトはそう言ってから、再びステンドグラスを見上げた。

「レーサイアの神子は、代々コルツフェルドの王に嫁いだらしい。象徴的結婚だ。当時は、運命の番などとも言ったらしいが」
「そうなんですか。良かった、昔話で」
「どういう意味だ? 俺の配偶者が不幸だとでも言うのか?」
「僕の弟は神子かもしれなかったから、配偶者がエルトだったら、今頃勇者パーティで戦っていたと思って。そんなの大変だから。できればこう、平穏に、何事もない、幸せな日々が弟に訪れて欲しいです」
「――? どういう事だ? 弟が神子?」
「あ」
「話せ」
「な、内緒ですよ! 僕の弟は、非常に可愛いんです」
「そこは聞いていない。まぁお前の顔を見れば、血縁者もそこそこ綺麗なんだろうとは思うけどな。で?」
「まるでシーサイア神の生まれ変わりのようだったんです」
「抽象的な話なのか、興味が失せる。念のため聞いておくが、名前は?」
「弟は、レーアと言います」
「――お前は?」
「Cです」
「C? 本名は?」
「サイです。だけど、本当に秘密だから!」
「お前その、崩れた敬語がいらっとするから、直せ。別に俺に敬意を払っているようには見えないから、普段通りの口調でいい」
「どうして分かったの!?」
「俺に嬲られたいのか? そういう願望でもあるのか? お前、俺が怖くないのか?」
「あ……ごめん……つい」
「つい、じゃねぇよ。ふぅん、サイか。どんな字を書くんだ?」
「え? えっと、『彩』です。彩ります」
「アルバジル帝国の古代文字か――それは、人間なのに魔族と一緒にいる理由に関わりがあるのか?」
「へ? 僕は、魔族です。転生したんです!」
「転生……?」

 僕が大きく頷くと、エルトが眉間にシワを寄せた。だが、その瞳はどこか困惑の色を宿していて、怪訝そうに僕を見ていた。

「お前は、魔族なのか?」
「うん」
「言い方を変える――お前は、自分を魔族だと思っているのか?」
「勿論!」

 何を当然のことを聞くのだろうかと考えていると、エルトが腕を組んだ。

「――なら、確認させてもらってもいいか」
「え?」
「体。俺は医術師だ。体を見れば、それが人間かそれ以外か、判断できる」

 そう口にして、エルトが一歩ずつ僕へと近づいてきた。目を丸くしていると、手首を優しく握られた。目つきからは想像できないほどに、優しい指先だった。

「っ」

 そのまま手を引かれ、気づくと僕はエルトの腕の中にいた。胸板に耳が当たると、エルトの鼓動の音が聞こえた気がした。一気に緊張して、僕は体を固くする。ぎゅっと僕を抱きしめているエルトは、何も言わない。

「俺は運命など信じないから、ひと目で運命の相手――番が分かるなんていう家の伝承は冗談だと馬鹿にしてきた。高齢者になっても仲睦まじい両親を見てもなお。そもそも俺の母親は、神の化身でもなんでもないからな」
「……?」
「キスしたい」

 エルトはそう言うと、僕の唇を奪った。何を言われているのかいまいちわからないままで、僕は突然のキスを受け入れた。舌と舌が絡み合う。強く座れると、体が震えた。息が苦しくなると、慣れた様子で角度を変えられる。腰に手を回され、深く深く口づけされた。

「あ」

 そして、僕は朽ちかけた椅子の上に押し倒された。