【七】満ちる(★)




 エルトの右手が僕の右手首を軽く押さえている。もう一方の手では、胸元のリボンをほどかれて、そこからポツポツとボタンを外された。もう春も過ぎ去ろうとしている季節だけれど、肌に触れた外気は冷たい。首筋をなぞられて、それから鎖骨の上に口づけられた時、僕は身をすくませた。

「ま、待って」

 そこに来て、僕は自分が、また空気に飲まれそうになっていることに気がついた。今まで僕にこういったことをする者が誰もいなかったから免疫がないというのもあるかもしれないが――……緊張してどうしていいかわからないうちに気持ちよくなってしまうというのは、僕の貞操観念的にぴたっとは来ない。

「寒いか?」
「うん、ちょっと」
「すぐに熱くなる」
「う、うん……っ」

 そのまま唇を重ねられて、僕は静かに目を伏せた。
 啄むように下唇を甘く刺激されると、体の奥で何かが疼く気がする。
 ――エルトの体温が、僕は好きみたいだった。

 下衣の紐を引き抜かれ、はだけた太ももを持ち上げられる。起き上がろうと慌てたのだが、上半身の動きはキスで封じられ、その間に内股をゆっくりと撫でられた。エルトの骨ばった指が僕の肌をなぞっていく。膝側から付け根の方へ、そしてまた戻る――そんな指先が与える刺激は、次第にエルトの言葉通り、僕の体を熱くしていった。

 言葉や手際の良さが性急なのとは裏腹に、エルトの行為は非常に優しく丁寧で、僕の体をじっくりと解こうとするかのような、温かく優しいものだ。多分、その温もりに飲まれたしまうから、僕は抗うことが出来ない気持ちになるのだと思う。

「ぁ」

 それから唇で胸の突起を挟まれた。左の乳頭を、ちろちろと舌先で刺激され、声が漏れた僕は、両手で自分の唇を覆った。するとその時太ももを大きく持ち上げられて、右手の指を一本静かに押し入れられた。

「っ」

 見知らぬ感覚に狼狽えた時、その手がさらに奥へと進んできた。ゆっくりと広げるように中へと進み、内側を確かめるように進んでくる。第一関節まで人差し指が入った時、緩慢な抜き差しが始まった。乳首を噛まれたのはその時である。

「ひっ、あ、嫌だ」

 その刺激で一瞬体の力が抜けた時、指が今度は第二関節まで一気に突き入れられた。喉を仰け反らせて僕は息をして、エルトの肩に思わず手を伸ばした。怖かったのかもしれない。するとエルトが顔を上げて、こちらをじっと見た。眉間のシワは健在だが、不思議と恐ろしくはなかった。

「――お前は常に緊張しているのかもな」
「……?」
「少しでも強い刺激があれば、過剰に体が反応する。例えば――こんな風に」
「ンあ、あああっ!!」

 中のある一点を強めに嬲られた時、僕は声を抑えられなかった。全身を走り抜けた感覚の名前が、快楽だと最初は気付かなかった。頭が真っ白になって、過ぎた刺激に僕は涙ぐんだ。片手で息をしていると、指が二本に増えた。

「そ、こ、嫌だ、やめて」
「じゃあどこを希望しているんだ? ここか?」
「ひっ、ぁ、ァ」

 不意に前を握られて、僕は背筋をしならせた。太ももを咄嗟に閉じようとしたが、間にいるエルトの体にそれは阻まれた。根元からカリ首までを握るようにして優しくこすられて、僕はむせび泣いた。中から少し意識がそれる。だがそれが悪かった。

「いやぁっ、あ、あ、ああっ」

 重点的にカリ首の刺激と内部の感じる場所の刺激が始まったのはその時だった。同時に襲い来る快楽に、僕はついにボロボロと涙をこぼした。体がバラバラになりそうだ。内側から染み入ってきていた甘い熱が、全身を蝕んでいく。気持ちいい。それが辛い。

「あ、あ、っ、あ」
「震えているな」
「ま、待って、だめ、あ、僕……――っあ、で、出る、ひ!」

 その時、一気に二本の指を引き抜かれ、代わりにそれまでとは比べ物にならない質量で、僕は貫かれた。

「あ、あ、あ」

 息が喉で凍る。全身が震えていた。だが、交わった箇所から生まれる熱が、酷い快楽になって溶けていき、全身を絡め取った。思わず先ほどよりも強くエルトに抱きつくと、背中に腕を回された。

「あ――っ!! あ、ン」

 ゆっくりとだが確実に進んできたエルトの陰茎は、入りきると動きを止めた。そして涙をこぼした僕を一瞥してから、エルトはゆっくりと何度か腰を揺らした。

「いや、ン、ああっ、ん」
「絡み付いてくるな」
「ぁ……ぁ……あああっ」

 その内に、緩く動かれる度に響いてくる刺激が、先ほどの指による強い刺激を喚起するようになった。足りない、体の中はもういっぱいだというのに、なのにそれは強い刺激をもたらさない。熱に浮かされたように、僕はかぶりを振って涙した。

「や、やだ、あ、待って、う……ァ、も……もっと……」

 思わず口走った時、エルトが小さく息を飲んだ。それから、笑み混じりの吐息を吐くと、エルトが大きく僕の左の太ももを持ち上げて、さらに深々と腰を進めた。抱きしめるようにされながらも足を持ち上げられて、斜めに強く中送される。

「あ」

 すると先端が、僕の求めていた部分を直接的になぶった。ぐいとそこを刺激されるたびに、僕は前から放ってしまいそうになる。汗が髪を肌に張り付かせた。息が苦しい。

「あっ、ぅ、あ、あン」

 どんどんエルトの動きは早くなり、それと同時に、僕の体は自分のものではなくなってしまったように、快楽に飲み込まれていった。快楽が満ち満ちて僕から溢れた。

「ああああっ――!!」

 ひときわ中を強く突き上げられた時、同時に前も刺激されて、僕は果てた。内側では、エルトも達した気配がする。僕はぐったりとした体をエルトにあずけ、大きく吐息し、ゆっくりと瞬きをした。涙が少しこぼれた。


 その後、エルトが清浄化の術で、僕の体を綺麗にしてくれた。
 同時に濡れていた僕の服も乾かしてくれた。
 服をきちんと身につけながら、僕はエルトの横顔を見る。何故なのか、恥ずかしくて直視できない。エルトを見ると、頬が熱くなってくるのだ。誰かに自分のあられもない姿をさらすというのは、このような言い知れない羞恥を生むものだったのか……僕は全然知らなかった。

「そ、そろそろ帰らないと。魔法陣に乗る時間だから」

 僕は、魔導具の懐中時計を最後に身につけた時に、思い出してそう呟いた。
 するとエルトが、いつもの通りの怖い顔で腕を組んだ。

「帰れるならば、帰っていいぞ」
「――え?」
「外を見てみろ」

 どういう事だろうか? 首をひねりつつ、僕は入口の方へと向かった。
 そして外を見て……――!? ポカンとしながら、視線を彷徨わせた。
 なんと、周囲が湖になっていたのだ。元々廃教会が立っていた坂の上、その丘の一部が陸地として残っている以外は、全部が水に飲まれているのである。

「その水は、神聖な魔力を帯びているから、魔族は渡れない。お前ならば渡ることが可能だとしても、お前の場合は、身長が足りないから浮き輪か何かを持たないと危険だな」
「え……」
「初めからお前と話をする予定で、水が満ちる時間を選んでここに来たんだ。この水の向こうでは、だいぶ前からリューク卿らしき魔力の持ち主が探索魔族の鴉を放ってる」
「えっ!?」
「安心しろ、集合時間には、もう間に合わない」

 安心する場所は、一つもない。僕は呆然として、エルトを見上げるしかなかったのだった。