【一】普段の俺は、そりゃあもう真面目に生きている。
俺の好きなもの――それは、ギャンブル・酒・女あるいは男。
俗に言う、打つ飲む買う、である。
普段の俺は、そりゃあもう真面目に生きている(ように見えるだろう)。キチッと、勤務開始時刻の一時間前には、王宮の片隅にある文官府に行き、綺麗に室内を清掃する事から、俺の毎日は始まる。
俺は一切上司に……どころか、同期や後輩にさえ逆らわないので、俺の担当分ではない仕事を押し付けられる事さえあるが、怒涛の勢いで正確に書類を片付けていく俺は、非常に評価されている(多分)。
残業をする事はない。定時までに終わらせる技量に長けている俺は、よほど急な仕事でもない限り、毎日夜の八時には帰宅している。人は、俺に言う。「完璧だ……!」と。
だが、そんな俺は――週末の土曜日の夜だけは、普段の姿が嘘のように変わるのだ。実際、きっちりとした格好をしている普段とは、外見からして変わっていると思う。
勿論、身バレを防ぐという意味もあって、変装ではないが、普段の伊達眼鏡を取り去り、髪の色を魔法で変え、カジノに繰り出して酒を飲みながら、遊び呆けるのだ。
週に一度は息抜きをしないと、俺はもたない。
そうして勝った日は、ちょっと高級な、負けた日は安い娼館へと出かけるのである。綺麗なお姉さんが相手の場合は、俺は頑張る。同性が相手の時は、俺はネコだ。上もいけるが、どちらかといえば下が好きなのだ。ただの好みだ。
こうしてこの日も、イケメンと体を重ねてから、俺は帰宅した。翌日の日曜日は、ほとんど寝て過ごした。週に一度は、ゆっくり眠らないと、俺はやはり体がもたない。
――さて、月曜日がやってきた。俺は黒縁の伊達眼鏡を装着し、昨日は下ろしていた髪をきちんとまとめて後ろに流し、色も黒に戻して、ビシッと制服を纏った。王宮の文官は、皆シャツに黒い外套と決まっている。季節はまだ冬だ。寒い朝の街路を進み、俺は職場に入った。
「ん?」
すると――いつもは俺が開ける鍵が、開いていた。驚いて扉に触れ、中を覗き込むと、さらに珍しい事に、そこには俺の上司の姿があった。いつも遅れてやってくるから、珍しすぎた。
「おはようございます」
静かに俺は挨拶をした。険しい顔でじっと羊皮紙を見ていた上司は、俺の声でやっとこちらに気づいたらしく、勢いよく顔を上げた。そして真っ青な顔で唇を震わせた後、俺を睨めつけるように目を細め、こちらに近寄ってきた。見るからに怖い。何事だ?
「オルガ、この書類だが」
「はい」
俺は先週の最後に終わらせた書類を、上司から受け取ってまじまじと見た。上から確認していく。上司の反応からして、俺が何か失態を犯したのではないかと考えながら、じっくりと確認する。本来これは上司の担当分の、王弟殿下の領地の貿易収支報告書の関連資料だが――うん。どこからどう見ても、完璧だ。二度確認して、俺は小さく頷いた。
「これが、どうかなさったんですか?」
「正しすぎる」
「え?」
「……っ、こ、これでは……裏金を作っているのが、バレてしまうだろうが……」
少し声を潜め、しかしより厳しい口調で、上司が俺の耳元で言った。俺は思わず、硬直した。作成時に、計算が合わなかったので、各地に一つ一つ問合わせて、正しい金額に直したのは、確かに俺だ。事前に渡された資料は、かなりの割合で、間違っていた。が……あれは間違いではなく、間違ったままで作成しろという指示だったのか……!
「も、申し訳ございません……」
「謝っても、もう遅い。既に本日の謁見は始まっていて……国王陛下が書類をご覧になっておられる……王弟殿下が激昂していらっしゃると、宰相閣下の使いの者が私に連絡を……」
「ですが、裏金を作る方が悪いのでは?」
俺は慰める事にした。まさか俺に仕事を押し付けたとはいえ、上司は自分のミスだと考えていると思ったのだ。つまり、王弟殿下から罰を受けるとすれば、俺ではなく上司だろう――と、俺も若干、他人事で居たのである。
「他国の目があるから、表立っては予算を組めない、間諜部隊の費用だったんだ。国王陛下も、ご存知の上での、公的な裏金だったんだ……」
「そ、そうだったんですか……」
「オルガ……処分を覚悟してくれ」
「え? 俺がですか?」
思わず俺は聞き返し、目を見開いた。すると上司が遠い目をした。
「裏金作りに慣れている――というより、私もな、自分の力量は分かっているし、宰相閣下もよくご存知なんだが、各地に問い合わせるような行動はしないんだ。初めは私が作ったとして通そうと思ったんだが……」
上司が唇を一度強く噛んでから、涙ぐんだ。
「国王陛下や王弟殿下ですら、『あの者にこの書類は作れない。正直に申せ』と口を揃えておっしゃられたそうだ。暗に仕事が出来無い事を、私は認められているんだ。だからこそ、疑いなく裏金書類を作る存在として、この王宮では周知されていたんだ」
俺は上司のうなだれた姿を見て、複雑な心境になった。確かに上司は、俺から見ても仕事が出来無い。ただ、時折わざと手を抜いているなぁと感じていたのは、正しかったように思う。それに俺を庇おうとしてくれたのも本当だろう。彼は人情に厚い。
「どのような処分が下るんですか? やっぱりクビでしょうか?」
「――以前に、公的な裏金を不正だとして暴こうとした文官は、死刑だった」
「っ、げほ、え!?」
思わず焦って声を上げた。ノックの音が響いたのは、その時の事だった。