【十】「話をしたいのだが」
レストに先導されて、俺が疲れきって部屋へと戻ると、ルカス陛下が来ていた。
「遅かったな」
「仕事が沢山あったんです」
その場に用意されていた食事の前に座りながら、俺は嘆息した。すると正面の席に座り、ルカス陛下が俺を見た。
「――少し、話をしたいのだが」
「俺も話をしたいです」
フォークを手に取りながら、俺はルカス陛下へ視線を向ける。
「どう考えても、妃補佐官を含めた俺に与えられている仕事は、もっと別の効率が良いやり方があると思います。今の状況じゃ、効率が悪すぎて、俺が死ぬまでかかっても、俺がかなり長生きしたとしても、絶対に終わりません!」
そこから俺は、文官府にあった道具等、最低限必要なものを、仕事の具体内容に触れながら、ひたすら熱弁した。話しながら、パクパク食べて、そうしてまた怒涛の仕事トークだ。そんな俺を見て、ルカス陛下は最初、驚いたような顔をしていた。
こうして、俺は食べ終えると同時に、すべての考えを伝え終えた。
すると陛下がゆっくりと頷いた。
「非常に参考になった。すぐにでも手配させる」
「ありがとうございます!」
「……ただ、俺の話の方は、親睦を深めようという意図だったんだが……まぁ、良い。オルガも、仕事についての話であれば、頭が良いように思えるから不思議だな」
「俺が馬鹿だという前提が誤りです。間違いです」
「いや、そこの部分には自信がある――いいや、正確に言うならば、悟ったり先を読んだり察したりそういう部分が苦手なのだろうな」
決して褒められていないのは、分かった。
その後入浴をして部屋に戻ると、ルカス陛下が既に横になっていた。
俺も無言で寝台にあがる。
こうしてこの日も、一緒の寝台で眠った。勿論、距離をあけて。
――翌朝。
俺は心地の良い朝陽を感じながら、目を開ける事にした。今日もきっと、ルカス陛下は赤面しながら起きるのだろうと確信しながら、瞼を開ける。
そして、俺は硬直した。
「っ」
そこには、じっと俺を見ているルカス陛下の顔があったのである。俺を抱きしめたままで、真摯な瞳で、真っ直ぐに俺を見ていたのだ。少しだけ獰猛に見えて、ゾクリとする。その直後、俺は我に帰って赤面した。
「……今日は、起きていたんですね!」
「ああ。というよりも、俺の起床時間は大体いつも同じだ。オルガこそ、疲れていたんじゃないのか? スヤスヤと寝ていたぞ。全く起きる気配が無かった」
「どうして起こしてくれなかったんだ……!」
「お前が俺を眺めていた仕返しだ」
「手を離してくれ!」
「――抱き枕サービスをするんじゃなかったのか?」
いつもの寝起きの様子とは異なり、起床してだいぶ経っているからなのか、本日のルカス陛下には、普段と同じ余裕が見えた。それが悔しい。時計を見ると、ルカス陛下がいつも目を覚ます時間から、三十分は経っているのが分かった。まさかその間、ずっと俺を見ていたのだろうか。確かに、これは想像すると、恥ずかしい……。
慌てて距離を取ろうと考えた俺は、体を起こそうとした。
だが――陛下の腕に力がこもった。思わず目を見開く。
「オルガ」
「な、何?」
「――働いてもらえるのは、非常に助かる。だが、あまり無理はするな」
そう言って喉で笑うと、ルカス陛下が俺を腕から解放した。不意打ちのように優しい表情を見て、温かい言葉を耳にして、俺は何故なのか動揺し、上手く言葉を返せない。
……その後食べた朝食は、頭では美味しいと理解できるのに、さっぱり味が分からなかった。
こうしてルカス陛下と別れて、この日も仕事に出かけた。
気持ちを切り替えよう。そう一人決意をして、俺は羽ペンを手に取った。
本日は、昼にはホットサンドを食べて、適度にお茶を飲みつつ仕事をしていく。ルカス陛下の言葉を俺が守ったからではなく、レストが用意してくれたのだ。補佐官のみんなも一緒に休んだ。そうしながら、明日からは視察に行くから数日間、こちらでは仕事が出来無い件についても話し合った。いくつか、俺の指示があれば可能な仕事もあったし、これまでのように補佐官達だけで可能な仕事もあるようだった。
「明日からは頑張ってきて下さいね!」
「オルガ様なら大丈夫ですよ!」
みんな、温かく応援してくれた。その内に、俺は朝の恥ずかしさなど、すっかり忘れた。なお、その日の夜は、遅くまで視察の最終的な打ち合わせがあるそうで、ルカス陛下は王宮の私室で休むとの事で、俺は一人で眠った。
――翌朝になり、俺はレストに服を着つけてもらっていた。シャツはともかく、上着やリボンが一人では上手く着用出来なかったのである。
ノックの音がしたのは、丁度着替え終わった時の事である。視線を向けると、開いた扉の先には、ルカス陛下が立っていた。
「おはようございます」
俺が声をかけると、扉の所に立ったまま、暫しの間ルカス陛下が驚いたような顔をした。そのまま陛下は、無言で俺を見ている。
「陛下?」
「あ、いや――先日も思ったが艶……あ、いいや、あ、あの、だから、だな」
「はぁ?」
「馬子にも衣装だな!」
その言葉に、俺は片手を持ち上げて、服の袖を見た。デザインに関しては、これまでには着たことのないような服だから何とも判断がつかない。けれど、着心地はすごく良い。やはり素材が違うからだろう。
それから二人で食事をし、俺達は王宮の外へと向かう事になった。門の前で、大勢の補佐官や宰相閣下、ルカス陛下の侍従や、大臣達――また、少し会わなかっただけなのに懐かしく思えた文官府のもと上司をはじめとした高官に見送られながら、俺はルカス陛下と共に、馬車へと乗り込んだ。使用人達が乗る馬車もある。
こうして、視察へと旅立つ事になったのだった。