【六】王都にいてスローライフはできないか、というか他にも考えることがあった再会。



「殿下のお力は、この国をより正しく導いていくためには必要不可欠だ」
「……俺にはそんな力はない。でもな、出来る事がある限り、兄上を支えながら努力していこうと思う」

 言葉を探しながら俺は口を動かした。するとユーリスがスッと目を細くして、片側の口角を持ち上げた。

「で、本音は?」
「っ、は?」
「フェル様の今のお言葉が本心ならばお力を隠す事は不可解だなと」
「か、隠してなんかいない! いないぞ!」
「ではそういうことにしておきましょう。また明日」

 ユーリスは微笑したままそういうと退出していった。
 ……本当に喰えない。
 ユーリスこそ一体何を考えているんだ……。
 前世では確か、このやり取りの時、ユーリスはこう言った。

『殿下が歩む道がいかようであろうともともに生き、俺もまたともに逝きましょう。たとえ行く先が地獄だとしても、誠心誠意を込めてお供いたします。たとえこの身を地獄の業火で焼かれようとも』

 俺はそれをあっさり信じて、あっさり裏切られたわけだが……。
 当時は完全に、ユーリスは俺の側の人間だと思っていた記憶が色濃い。

 とりあえずまぁ、王位簒奪を唆される第一のフラグはへし折ったと思う。
 前世ではここで、ユーリスに、「貴方が王に相応しい」と言われてその気になったのだ。思えば俺も本当に調子にのっていたんだろうな……おだてられたら全てそれは相手の本音だと思っていて、褒められて当然だと思っていたのだったか。若かったな……。

 問題はこれからだ。

 魔力や召喚獣は危機が迫らないと、どうにもならない――自分の意思では自由にならない設定で行こう。うん、適度に失敗だ。それならばユーリスがフォローしてくれた言葉を皆が信じたままでいてくれると思う。

 それと俺には、父を流行病から救うという使命が残っている。
 そう医術だ。俺はそろそろ本格的に流行病への対処を始めるべきなのだ。
 ……ん。
 そうだ!
 前世ではユーリスに利用されたわけであるが……今世ではそもそも敵に回さなければいいんじゃないのか……?

 医術に必要な薬草もアルバース子爵ならすぐに用意できる。
 逆にユーリスを唆して……利用して……いやいや言葉が悪い、協力して、薬草園を作るというのはどうだろうか。

 王宮の敷地は無駄に広いから、薬草園を建設してもらうくらい簡単だ。
 敷地内には医術師の集う塔もある。

 俺は今回の被災で人命の尊さに目覚めて、医術の道を志す事に決めた――という設定はどうだろうか。土に触れて薬草をまったり栽培しながら、医術の勉強に打ち込む!

 これならば、王都の王宮にいてもスローライフを送れるのではないか?

 うん、それがいい。
 ――俺は翌日には、父に熱く訴えた。

「というわけで、俺は医術の道を志したいんです!」
「フェル……君はなんて優しいんだ! 父は感激した!」

 すぐに俺の提案は通り、その日はいつもより早い時間にユーリスがやってきた。
 俺は昨夜の内にメモを作成していたので、羊皮紙片手にユーリスに告げた。

「とりあえず以上の薬草を栽培したいんだ」
「観賞用とされている種類も多いですね。どこで効能を見つけたのかは突っ込まないのでご安心ください」
「っ」
「一ヶ月以内には全て揃えます。医術塔の隣の敷地を薬草園として開拓します。それで宜しいですか?」
「あ、ああ。世話は俺がやる」
「病弱で日光に当たると具合が悪くなる仮病の設定はかなぐり捨てて?」
「っ」
「冗談ですよ。我が子爵家としても、医術の浸透度が低いこの国で必死に普及に努めているところだったので、フェル様のご提案は追い風だ。当家の囲っている薬師達にも声をかけます。これで少しでもこの国が良くなれば本望だ」

 ユーリスはそう言って微笑した。
 こうして見ていると、本当に悪い奴には見えない。全く詐欺である。

 その後俺は、ユーリスに連れられて医術塔に入った。
 仮病を使いまくっていたため見慣れた場所ではあるが、診察室以外に足を踏み入れるのは初めてだった。

「初めまして、フェル第二王子殿下。わしが、この医術等の総責任者を務めさせていただいているナーガスじゃ」

 口調は老人のようだったが、そこに立っていたのは、今の俺と同じくらいにしか見えない少年のような人物だった。外見だけが少年なのだという事は、彼の特徴的な尖った耳を見てすぐに分かった。エルフだ。長命種のエルフは、百年に一・二歳程度しか歳を取らないと聞いている。会釈してから俺は、肝心の流行病への特効薬であるパラデェッタという花について話題に挙げた。

「これは新発見だ。確かにあの花の亜種には薬効が認められている。よって聞いたかぎり、その成分は、最近僻地を中心に流行の兆しを見せ始めているラララガ感冒に効くように思えるのう。感冒は、僻地から始まり常に王都までたどり着くものじゃ。抑えられるものならば抑えたいのう」

 年齢はずっと上だろうが、美少年にしか見えないナーガスは、興奮からか白磁の頬を赤く染めた。高揚した様子で、そばにあった羊皮紙に、何か走り書きを始めた。

 そんな調子で、挨拶もそこそこに俺達は、いつしか意気投合しながら医術について語り合っていた。俺は後ろにユーリスが立っていることなどすっかり忘れていた。

 ――帰り際。

「医術の道を志すも何も、すでに習得済みに思えましたけどね」
「……!」
「深い事情はお聞きしませんが、いつか教えてもらうくらいには信頼されたいものだなぁ」

 冗談めかして笑ったユーリスに対して、俺は何も言わなかった。

 その後月日は流れ、無事に薬草園は完成した。
 俺は、最低限の魔術と召喚術の講義の他は、医術塔にこもる事を許された。
 母は、俺の反抗期が終わってしまい、我が儘をあまり言われなくなってしまったと寂しがっていた……。

 そんなこんなで、俺は十四歳になった。
 十四歳から王族の子女には、慣例で護衛の近衛騎士がつく。

「お初にお目にかかります、フェル第二王子殿下。この度近衛の任を拝命いたしましたワルバーラ伯爵家が次男、ライネルです」

 俺は鴉の濡れ羽色の髪と紫紺の瞳を見て息を飲んだ。あ。ライネルだ。
 出会った時と全く変わっていない。
 前世でも彼は十四歳になった時から、俺の近衛をしてくれていた。正直前世では俺は最強だったから、護衛なんていらないと思っていたのだが、ライネルだけは特別だった。寡黙で余計な事は決して言わない彼は、ただ忠実に俺に従ってくれたものである。前世での腹心の部下を一人挙げろと言われたら間違いなく彼だ。基本無表情の彼は、ごくたまに笑う。俺はたまにその穏やかな表情を見ると嬉しくなったものだ。だけどそれがあんまりにも当たり前すぎたから、俺は労いの言葉一つ満足にかけてやる事はなかった。今ではそれが悔やまれる。

 前世では最後まで俺に付き従ってくれて、最後は召喚獣との契約を解除する時間を作ってくれた。

 ――多分こいつも処刑されたんだと思う。
 俺のせいで。
 こいつには権力欲とかは全然無かったのにな。

「フェルだ。これから、よろしく」
「もったいないお言葉です」

 このようにして、俺には護衛の近衛騎士がついた。だが今世では護衛されるような危険な目に遭うつもりは毛頭ない。ライネルにも、穏やかな人生が訪れるように俺は祈ろうではないか!

 さて、十四歳の生誕祭のその日。
 王宮には来客があった。もちろん俺を言祝ぎにきたものが大多数なのだが、その中に、特別視されている一人の青年がいたのだ。深々とローブのフードを被っている。だが俺はその中の顔が存外若い青年だということを知っている。彼は、王宮においても顔を隠すことを許された貴人だ。人々は彼をこう呼ぶ。奇跡の大賢者、と。

 まぁあれだ。俺が生まれて三日目にやってきた人物である。
 嘘か真か不老不死なのだという。実際のところは知らないが。そして名前もこの人物は決して前世でも教えてくれなかった。顔を見た事があるだけでも俺は特別だった。

「気のせいだと思ったのが気のせいだったようです」

 王都防衛の件に、賢者は触れ、俺を称えた。
 ……実は前世では結構いい友達だった記憶がある。なんだかんだで飲み友達的な仲に落ちついていた。よく二人で、世界の未来について語り合ったりしたっけな。思い返せば、権力なんて捨ててしまえと、唯一俺に釘を刺してくれたのもこの賢者だった。

 ただその時でさえも、名前は決して教えてくれないから、賢者と呼んでいた。前世の通りなら、賢者は今後もちょくちょくやってくる。また仲良くなれるといいな。

 こうして考えてみると、俺には部下も友人もいたのだ。
 悲惨な末路だったが、決して不幸なだけの一生ではなかったらしい。
 だが今世でこそは、もっともっと幸せになってやる!

 そんな風に誓い直した生誕祭だった。

 そして俺には、もう一人会っておきたい相手がいた。

 前世で俺の剣の師匠だった冒険者……ガイルである。
 久々にその名を目にしたのは、生誕祭から三ヶ月後のことで、アイロンがかけられたばかりの大陸新聞を見た時の事だった。彼は、南方の海を最近騒がせていた大海賊、ネコソギ海賊団を壊滅させたのだという。猫型の髑髏マークの海賊旗の一団の噂は、この国だけでなく大陸中を震撼させていたらしい。壊滅させた領海が、この国ワールドエンドだったため、ガイルは表彰される事に決まり、王宮にやってくるそうだった。俺はワクワクしながらその日を待った。

 そして無理やり、会わせてもらう事にした。このくらいの我が儘はいいよな?

「おうおう、第二殿下か! お会いできて光栄だ!」

 会うなり、ガイルは豪快に笑った。懐かしさに涙腺が緩みそうになった。
 前世では、こいつは俺の前で死んだのだ。
 処刑されようとしていた俺を、その処刑台のところまで乗り込んで助けようとしてくれたのである。今でも、兵士の槍に倒れた彼の最後の姿をよく覚えている。今世では、絶対に死なせない。

「様々な武勇が聞きたいから、今後も王都に立ち寄ったら顔を出してくれないか?」
「嬉しいぜ。俺でよければいつでもな」

 俺はその言葉に胸が温かくなったのだった。

 なんだか久方ぶりの再会で、俺は嬉しくなっていた。
 誰かにこの気持ちを存分に吐き出したくなって、俺は無意識に指輪を握りしめた。
 俺が転生した事を知っているのはラクラスだけだ。
 だから喜びを分かち合ってもらえるとしたら、と考えたのである。

 静かにその名を呼ぶ。

「ラクラス」

 すると次の瞬間には人型のラクラスがそばに立っていた。
 俺は心を躍らせながら、今日までの出来事や人々との再会について一方的に語った。
 ラクラスは……面倒臭そうな顔でそれを聞いていた。
 ――あ、まずい、語りすぎたか?
 我に返ってラクラスを改めて見た時、舌打ちされた。

 そして、不意にギュッと抱きしめられた。

「俺との再会も、もっと喜べよ」
「も、もちろん嬉しいぞ?」
「あのな、俺がどれだけ待ったと思ってんだよ。お前だから待ってたんだよ」
「ラクラス……ありがとう……」
「そもそもあの時、俺を逃がす必要なんてなかったんだ。ただ一言、全員殺せと、そう命じれば良かっただろ」

 そう言ってラクラスが、俺を抱きしめる腕に力を込めた。
 それは……そうなのかもしれなかったが……俺はその選択は全く考えなかった過去がある。今になって思えば不思議だ。

「ラクラスには本当に苦労をかけたな」
「別に。もういい。じゃぁな。俺は酒でも飲みに行ってくる」

 ラクラスはそういうと消えた。
 一人残された俺は、ちょっとだけ幸せだなと思った。
 俺は暫くの間、一人幸福を噛みしめていた。

 ――パリンと、窓が割れたのはそうして、少ししてからの事だった。
 何事かと思った時、誰かが部屋に入ってきた。二人組で、覆面をしている。
 ほぼ同時に部屋の扉も開いた。
 扉から入ってきたのはライネルとユーリスだった。
 見れば時刻は八時だった。

「ラクラスの召喚魔法円の在り処を言え!」

 壊れた窓の前では、黒づくめの侵入者が俺に向かって剣を揮う。
 ライネルがそれを受け止めた。

「先にお逃げ下さい」

 ライネルがそう言った時には、強引に俺の手首を掴みユーリスが走り出していた。
 俺は足をもつれさせながらそれに従う。
 すると今度は回廊の窓が突き破られて、新たな敵が現れた。

「お逃げくださいフェル殿下。城へと侵入する実力。相手の力量は確かだ」
「え……?」
「時間稼ぎくらいは俺にもできます。貴方は将来この国を担うお方だ」

 俺を抱きしめるようにしてユーリスが庇ってくれた。ユーリスの肩に長剣が突き刺さるのを、俺は見た。呆気にとられた俺は、気づけば無意識に魔術の呪文を唱えていた。

 瞬間、辺りに竜巻が生まれた。俺は魔術で侵入者を全て倒した。

 それから膝をついて、血に濡れた肩に手を添えているユーリスの正面に屈んだ。確かに、そう確かに、今ユーリスは俺を庇ってくれた。その事実にドクンと心臓が啼いた。どうして……敵になるはずなのに……。そう考えたら無意識に呟いていた。

「……もし俺を処刑するとしたら、どんな時だ?」

 すると顔を上げたユーリスは、一時の間驚いたような顔をした後、満面の笑みを浮かべた。

「そんな事は決してさせない。もし殿下が投獄されるような窮地に立たされたならば、必ずお助けいたします。それでも力が及ばなければ、俺もまたともに逝きましょう。行く先が地獄だとしても、誠心誠意を込めてお供いたします。たとえこの身を地獄の業火で焼かれようとも」

 それは前世でも確かに聞いたことがある台詞だったのだけれど。
 俺には、ユーリスが嘘をついているようには思えなかった。

 俺はこの言葉を信じていいのか?

 まぁ感情的に無理だけどな!
 ただ……ユーリスもこの国のことを思っているのだとは分かった気がした。
 それからライネルが引き返してきて、他の近衛達も集まり始めた。

 そして俺は再決意をした。
 俺は、絶対に幸せになってやる。

 だけど……それだけじゃなく、可能な限り大切なみんなの幸せも願おう!

 そんな十四歳の夜だった。