【十二】お祖父様の家で二番目の召喚獣を手に入れようと考えた。



 視察後、俺は悩んだ。
 今後も魔族の襲撃はあるかもしれない。そして常に助けが入るとは限らないのだ。なんとかドロップアウトを目指すにしろ、遭遇してしまった際に、それとなく撃退しても他者に気づかれない方法――いいや、気づかれても問題視されない方法は無いものかと、考えているのである。別に俺には正義感があるわけではない。単純に目の前で人が死ぬのが嫌だという利己的な考えからである。

「フェル殿下」
「なんだ?」

 そんなある日、ユーリスが言った。

「召喚獣をきちんと召喚なさってはいかがですか?」

 その言葉に俺は顔を上げた。
 実は同じ事を、俺も考えていたからである。
 既にラクラスを従えている以上、時期の前後は問題にはならないだろう。
 だから最低限の強さを誇る、日常的に使える召喚獣を、一匹持っても良い気がしたのだ。
 それならば、今後魔族が襲ってきても安心である。

「考えてみる。お祖父様に滞在の許可を取っておいてくれ」
「かしこまりました」

 ユーリスは微笑すると出て行った。
 召喚の儀式は、自分の血縁関係の中で、もっとも影響がある館で行う。
 ただしこれは、母方と決まっているから、宮廷の魔法円では行わない決まりだ。

 その条件だと、俺は母上の生家のお祖父様の家で召喚を行うことになっている。
 前世では、ラクラスの洞窟にあった魔法円で自然と行ったわけであるが、今度は違う。
 ――お祖父様の家に行って、そのまま居着いてしまおうかな。

 そんなことを考えながら、俺は旅立ちの日を迎えた。
 ついでに、ラクラスの魔法円も見ておきたかった。
 明らかに俺以外の誰かの手が加わっていると考えられるからである。
 少なくとも前回見た時は、そう感じた。

 到着した初日は、祖父と談笑して、食事を楽しんだ。
 魔法円を見に行ったのは、翌日である。
 鬱蒼とした森を進んでいき、俺は獣道にそれた。近衛のライネルが、焦ったように俺を探しているのを、木陰から一瞥した。申し訳ないが、一人で行かなければならない。ラクラスの洞窟は、秘匿しておかなければならないのだ。

 嘆息して、少し歩いた。
 そして――ざわりと嫌な風を感じた。同時に、枝を踏む音を聞いた。
 硬直して、俺は木の陰に隠れた。咄嗟の行動だった。
 何か嫌な感覚がして、全身が総毛立つ。
 一度目を閉じてから、俺は視線を動かした。
 するとそこには――……?

 父上が立っていた。

 なぜここに?
 そう思ってから――俺は、強い既視感に襲われた。
 そうだ、俺は、前世でもこの光景を見た事がある。
 何故なのかそう理解した途端、全身が震えた。
本能的に、絶対に父に、自分の存在を気づかれてはならないと思った。
 ――どうして? 自分の思考の理由が分からない。
 ドクンドクンと騒ぐ心臓の音に、焦燥感が浮かんでくる。こめかみから汗が伝った。俺は木に頭を預けて、静かに目を閉じた。気配を殺さなければならない。

 どれくらいそうしていたかは分からない。
 嫌な風が、不意に消えた。途端、安堵で全身の力が抜けた。
 ホッとしながら、俺は再び、父がいた方角に視線を向け――硬直した。
 そこでは、父上が嗤っていた。しっかりと目が合った。瞬間、嫌な気配が舞い戻ってくる。一度気配が途切れたのは、罠だったのだと理解した。体が凍りついたようになって動かない。じっと見据えられ、蛇に睨まれた蛙よりも、己が無力であると気づかされた。果てしない絶望感が襲ってくる。なんだ、これは?

「!」

 その時、後ろからグイと抱き寄せられた。
 驚いて息を呑み、瞬時に視線で振り返ると、そこには険しい顔のラクラスが立っていた。

「今度こそ渡さない」
「っ」

 俺を抱きしめて、そのままラクラスは転移した。
 何が起きたのか分からなかったし、ラクラスの言葉の意味も分からなかった。
 ただ、助かったということは分かった。

「フェル様!」

 俺がラクラスに連れられて戻ったのは、お祖父様の家の庭だった。
 転移は、離れた場所を瞬間移動する術だ。
 そこへ使用人達が走ってきた。

「お一人で出歩かないでください! みんなで心配していたんです! ライネル様も探しておられます!」

 おずおずと頷きながら、俺は、俺を抱きしめているラクラスを見上げた。
 普段ならば、ラクラスの気配に人々は近寄らないから、不可思議に思ったのだ。
 だが現在は、ラクラスが強い威圧感を押し殺しているのが分かる。

「そちらの召喚獣は?」

 誰かが言った。俺は驚いて、ラクラスだと答えようとした。だが――……。

「フェルの新しい召喚獣だ。二番目の」
「!」
「これからは常に共にいる」

 いつも気まぐれで束縛されるのも定住するのも大嫌いなのがラクラスだと、俺はよく知っていた。そのラクラスの口から、「共にいる」だとか、「常に」などという言葉が出てきたものだから、心底驚いた。しかし、ギュッと俺を抱きしめる腕に力を込めたラクラスは、それ以上何も言わない。使用人達もそれなら安全だと頷いている。

「ラクラ――……名前は?」
「ラクラスと呼んでいい。周囲には別の名前に聞こえ、別の外見に見えるように魔術をかけておいた」
「そうか」

 頷いてから、俺は思い出して口にした。

「助けてくれたんだな、ありがとう」
「――ああ」

 頷いたラクラスは、俺の頭の上に顎を乗せた。
 こうして――この日から、ラクラスがいつも俺のそばにいるようになった。
 近衛のライネルよりも、同じ部屋にいるから、ラクラスの方が距離は近い。
 そもそも関係性からして異なるが。

 さらに、俺は祖父の家で、新たな召喚獣を得た事になっているから、これでいつでも魔族を撃退できるようになった。しかもそこそこ強い召喚獣ではなく、そこそこの力に抑えているラクラスを従えているわけだから、怖いものなしである。

 なお、王宮に帰還して、父上である国王陛下に召喚獣の報告をしたのだが、いつもどおり柔和に微笑んでいた。顔立ちは同じなのだが、あそこで見た嫌な気配は微塵もない。白昼夢だったとは思えないが、父とあの異質な気配の持ち主が、同一人物だとも思えなかった。

「なんだったんだろうな」

 俺が呟くと、ラクラスがこちらを見た。

「忘れろ」

 ラクラスは、それしか言わない。

「俺が必ず守るから、安心しろ」

 そう言ってラクラスは、ソファに座って膝を組んだ。
 まぁ、最強の召喚獣がそう言うのだから、大丈夫なのだろうか。