【五】俺、お酒を飲んでみる!


 それから俺たちはしばし歩いた。
 勇者が一緒になったところ、視線の量が倍増した。しかし俺は今フードをかぶっているので、あまり気にならない。

 気になるのは、俺の手を握った勇者が先程から繰り返している言葉だ。

「今夜は、そ、そのっ、二人っきりだな」
「……」

 昨日だって二人部屋だった。違いはといえばせいぜい食事も二人で取るくらいのものだろう。

 しかし勇者は、先ほどから、真っ赤な顔に情けない眼差しを宿して、俺をちらちらと見るのだ。呟く言葉は同じだ。

「二人っきりだな……」

 それの何が問題だと言うのか。問題が生じたとすれば、勇者のせいに違いない。
 今更仲間の心配をしているのか……だったらおいてこなければいいではないか!
 俺が逃げだしたのも悪い(?)が、俺の方を追いかけてきた勇者だって悪いと思う。

「……森に戻るか?」

 きっと仲間を助けに戻りたいのだろうと思って、俺は聞いた。二人きりではなく、全員が揃っている方が良いと思っているのだろう。本当は仲間思いなのだ、きっと。

「? どうしてだ?」
「え?」
「――ソーダは、俺と二人になるのは嫌か……?」

 泣きそうな顔で勇者が言った。
 え。
 いや、そういう問題ではない。あわてて俺は手をふる。こんな公衆の面前で勇者を泣かせたら、俺は大変な目に合う気もするし……。

「そんなことはない――ただ、仲間の心配をしているのかと思って……」
「仲間?」

 勇者が首を傾げてから、虚空を見据えた。それから不意に、地面を見た。

「……勇者と言えば、仲間の心配をするものだよな!」
「は?」
「嫌もう胸が張裂けそうなんだ俺、実は」

 そういった勇者は、胸に片手を当て、嘆くような声でいう。そりゃまぁ……そうだよな、心配だよな?

「仮に勇者じゃなくたって普通、心配になるよな?」
「……勇者じゃなくても?」
「ああ。俺は勇者じゃないけど、仲間の安否は気になる」
「優しいな、ソーダは! ……もし俺が勇者じゃなくても、ソーダは――」

 勇者が何か言いかけた時だった。
 思いっきり火の玉が飛んできた。唖然とした俺の前で、勇者が剣でそれを薙ぎ払う。
 それから攻撃してきた主を見ると、険しい顔の魔術師だった。額から血が流れている、止まっていない。

 その後ろには、腹部をおさえながらよろよろと立っている王子がいる。
 二人とも無事(?)だったのか。とりあえず生きていてよかった!
 人間は死んでしまったら、生まれ変わらないらしいからな……。

「この馬鹿! 僕たち二人だけに相手をさせるなんて無謀だろうが!」
「全くですよ、俺、本気で死ぬかと思いました」

 その言葉に、勇者はじっと二人を見た後、首を傾げた。

「あの程度余裕だろ。それより今は、ソーダと大切な話をしているんだ。邪魔をしないでくれ」
「「……」」

 俺に向き直った勇者は、俺の両肩にそれぞれ手を置いた。

「俺が勇者じゃなくても、俺のことを好きになってくれるか?」
「……ああ――ん? いや、え?」

 まぁ勇者かどうかなど関係なく人間は人間だし、その性格などの内面などなどを好きになるためには、全く勇者かどうかなど関係は無い訳で――と、最初は考えてから、俺は首を傾げた。

 なぜ俺が、勇者を好きになる流れになっているんだ?
 まず断じて俺は、勇者を好きになったりしないからな!

「ゆ、勇者じゃなくても、お前の事を好きにならないからな!」
「そうか……」

 俺が震える声で叫ぶように言うと、勇者が天を見上げた。涙をこらえているように見える。そこへ王子の声が響き渡った。

「照れているだけですよね!」

 視線を向けると、腹部を両手で押さえながら、真青な顔で王子は笑っている。目が合うと、大きくうなずかれた。それから魔術師を見ると、額を止血しながら、彼もまた鋭い目で俺を見据え、頷いている。

 ――二人もまた、魔物を倒し終えてから、瞬間転移してここへと来たんだろうな。人間ってすごいんだな……。

「……べ、べつに……」
「そうだったのか!」

 俺はそれでも照れていないと否定しようとしたのだが、それは勇者の明るい声によってかき消された。

「ソーダは照れ屋さんなんだな……! そんなところも愛おしい!」
「それで重要な話とやらは、すんだんだろうな? さっさと宿をとれ。回復してくれ。僕達だけでは限界だ」
「えー」
「えーじゃありませんよ! 俺たちがどんなに死ぬ思いをしたか…!」

 なんと回復もできるらしい勇者は、面倒くさそうな顔でうなずいてから、また俺の事を見た。

「仲間の手当てをしなければならないから、二人きりはまた今度だな」

 勇者は照れるように笑いながらそう言った。なんだかんだで優しいんだなと俺も自然と笑顔を返す。

「「仲間……」」

 そうしながらしらっとした顔をしている魔術師と、笑顔が引きつっている王子を一瞥し、思わず首をひねった。

 今の勇者と俺のやり取りは、そんなに変だっただろうか? 普通だよな?

 普通普通言っているが、俺の中で普通の定義がゲシュタルト崩壊を始めている気がする。うああ、よく分からない。

 その後手を恋人繋ぎされ、俺は歩いた。
 途中で勇者は商人を再び捕まえて宿を手配した。
 勇者、か。

 勇者じゃなかったらまぁ出会わなかっただろうな。そんなことを考えていると柔和な笑みが帰ってきた。

「ソーダ、よ、良かったらなんだけどな」
「?」
「俺のことを名前で呼んでくれないか?」
「……」

 その言葉に俺は思わず立ち止まった。勇者のことを名前で呼ぶ……?
 それは無理だ。
 ……俺は自慢ではないが記憶力が悪い。名前を忘れてしまった事を思い出したのだ……!

 しかしそれを言える雰囲気ではない。王子と魔術師から、さっさと言え、というような眼差しが飛んでくるからだ。どうしたらいいんだろう。俺は必死で考えた。

「勇者の名前は、どんな字を書くんだ?」
「ああ、えっとな、V――」
「ヴァレンっていい名前だな」
「! 俺は生まれて始めて自分の名前を愛してしまった!」

 なんとか思い出した俺の手をブンブン振りながら勇者が興奮し始めた。何故だ……。
 そんなこんなで俺たちは宿へとついた。
 今回も部屋割りは俺と勇者だった。

 ――やっぱり二人っきりだよな?

 それから勇者は王子たちの部屋に、回復をしに向かったので、俺は一人ソファに座った。窓の外を見る。治安は悪いらしいが、前回の場所とは異なり、夜になっても至る所から明かりが見えて、結構綺麗な街だなと思う。ちょっと出かけてみようか。フード付きのローブもあるしな。魔族だとはバレないだろう。

 そうと決めたからには実行しようと、俺は一応書き置きを残して宿を出た。

 ――遊びに行ってくる。

 と、書いてきた。もうこうなったら人間の世界を楽しむのも悪くないだろう。
 しばらくの間ぶらぶらと歩いていると、黒い服をきた人間に声をかけられた。

「お兄さん、よっていきませんか?」

 そこで再び俺は思い出した。お金を持っていないのだった!
 これでは何もできない。
 俺の持ち物といえば、ローブと指輪だ。
 どちらも買ってもらったものだが……売ってしまおうかな……。

 無くしたと言ったら勇者は許してくれる気がする。ただ――腰が引けた。罪悪感があるのだ。あんなに嬉しそうな顔で俺に服を着せてくれたり、指輪をはめてくれたり……。本当に勇者は何を考えているんだろう。

「今なら一時間無料ですよ!」

 俺は顔を上げた。無料! それならば入れるではないか。
 安堵しながら、ただ念のため俺はなんとはなしに指輪を取ろうとし――気づいた、抜けない! え! この指輪には不穏な魔術がかけられているというのに!

 案内されるのについて行きながら、俺は少し焦った。しかし黒いソファ席に促される頃には、諦観していた。ははは。

「一時間は、こちらのボトルから飲んでください」

 黒い服の男はそう言うといなくなった。
 見送っていると、コップと氷が店員から届いた。ところでここは何の店なんだろう? 首を捻る。正面の席には、綺麗に着飾った人間が並んでいる。皆右手首に同じ腕輪をつけている。そこから魔力の気配がした。拘束魔術がかかっているな……逃げ出さないように監視するための魔術だ。ボトルを傾けグラスを満たしてから、俺は一口飲む。

 ? これは世にいうアルコールだろうか? すごくすごく甘い。一口飲んだだけで体が火照ってきた。暑いが、気分がいい。俺はなんだか自然と頬を緩ませながら、フードをとった。その時、周囲が静まり返ったから、見回して見たが特に異変はなかった。二杯目も一気に飲み干す。

 そうしていたら黒い服をきた人間が戻ってきた。

「特別サービスです。こちらのエキスを入れるとより美味しくなりますよ」

 俺が欲しいと言う前にその男は、俺のグラスに小瓶から液体を数滴垂らした。人間の世界にはやはりいろいろなものがあるんだな。

 そう考えながら、また一気に三杯目を飲んでみる。今度は少し酸っぱくな――瞬間視界が二重にぶれた。そのまま俺の意識は途絶したのだった。


 次に目を覚ました時、俺は檻の中にいた。

「これから闇オークションを始めます!」

 鈍く痛む頭でそれを聞いた。俺は睡眠薬を盛られたのだろうと考えながら首に手を当て息を飲んだ。魔力封じの結界つきの首輪がはまっていた。

「今回のメイン商品は、魔族!」

 何故魔族だってばれたんだろう? いや待て、それよりなぜ俺がオークションにかけられているのだ?? あたふたしながら俺は、逃亡方法を模索した。腕力で物理的に檻を破壊しようと、手で触れてみたら雷の魔術でばちばちと手がしびれた。とても痛い。どうしよう。俺はどうなるのだ?

 大混乱している俺の前で、値段が叫ばれている。

「――五百!」
「五千」
「一億」
「一億五百」

 一体どのくらいの価値なのかはわからないが、俺は誰かに買われるらしかった。泣きそうだ。そう思った時だった。


「五億」


 一気に桁が飛んだ。視線を向けると、そこには王子が立っていた。
 その隣では魔術師が金塊の用意をしている。
 た、助かった……?

 と思った瞬間、檻がスパンと剣で切り裂かれ、息を飲むと正面から勇者に抱きしめられた。力強いその感触に今度こそ安心して、俺は本当に少しだけ泣いてしまった。勇者の胸にひたいを押し付け、必死で気づかれないように頑張る。すると勇者が俺の頭を撫でた。

 その時、王子が魔術師の頭を叩いた。バシンと音がした。


「って――払うわけがないだろうが! 違法な闇取引の現場は、俺たちがおさえたんですから!」

 王子が叫びながら魔術師の足を踏んだ。魔術師は眉間にシワを寄せている。

「僕も時々お世話になるからことを荒立てたくないんだ。ケチケチするな、王族だろうが」
「こんな行為見逃せるはずがない! 場合によってはワイズ、あなたからも事情を聞かないとなりませんからね!」

 そんな二人の姿に、俺の緊張はほどけた。

「ありがとうな、ヴァレン」

 思わず俺は笑顔で言った。するとうつむきながらブツブツと何か呟いていた勇者は、不意に俺を抱き寄せて横に飛んだ。

 何事かと思っていると会場ごと建物が倒壊していた……王子も魔術師も中だと思う……皆生き埋めだ……! この建物は脆かったのだろうか? 地盤沈下か?

「た、たすけないと!」
「誰をだ? もうソーダのことは助けたし、犯罪者たちも墓に葬った! 本当に心配したんだからな……、や、その、俺が勝手に心配しただけなんだけど……ソーダのことがその、大切だから……」

 え? ゆ、勇者が建物を壊したのか!?
 さ、さすがに強い……いや、え。

 だとしてもだ、矛盾している気がした。勇者は魔族を倒して人間を救う存在だと思う。これでは逆だ。味方ごと人間を倒して俺のことを助けてくれた……!

「あ、ありがとう……」

 思わずポツリと言った時、砂利を踏む音がした。
 見れば人々を結界で守ったらしい魔術師が、王子に支えられながら人々を先導し、細い穴から出てきた。よかった、無事だったらしい。

「これからは、遊ぶ時は一緒に遊ぼう。な?」
「ああ。その、迂闊な行動をして悪かった」
「ソーダは悪くない! この街の治安が悪いだけだ!」

 勇者の言葉に少しだけ気が楽になりながらも、俺は今後、彼らに迷惑をあまりかけないようにしようと決意したのだった。