【七】俺、指令を受ける!(☆)



 結局その日は、五人で勇者と俺の部屋でその後話した。
 なんだかんだ言っても、勇者は王子の手当てをしたのだ。俺はそれを見ながら、魔術師が商人の頭を杖で叩く音を聞いていたものである。それから俺は先に眠った。久しぶりに(?)壁に背を預けて眠った。猛烈な睡魔に襲われたのだ。

 ――そして。

「元気にしているか?」
「!」

 目を伏せたのとほぼ同時に、白い空間に立っている錯覚に襲われて、正面に魔王様の顔を見た。魔王様の夢渡りだ……! 魔王様は、全魔族の夢にアクセスできるのである。なるほど、俺はここで指令(?)を受け取ればいいんだな!

「恐れ多いです、俺は元気です!」
「そうか。迷宮の気配がしたから気になってな――他にも気になることがある」

 迷宮……さすがは魔王様だ。尊敬の念と……恋心の再認識で、俺は頬が熱くなってきた。俺にとっては、だが、久しぶりに感じる魔王様の強い魔力にクラクラしてくる。その切れ長の眼差しを見ているだけで、そしてその視線がこちらを向いていると思うだけで、胸の奥がトクンとする。

「もう勇者とシたか?」
「え?」

 何をだろうか?

「一緒に寝たか?」
「ああ、はい」

 ここ数日腕枕で眠ったなと思う。すると魔王様が、形の良い唇を片手で覆った。

「どうやって誘われた?」
「? 一緒に寝ようって言われましたけど?」
「……上手かったか?」
「?」

 腕枕に上手い下手があるのだろうか? しいて言うなら、そうだな、悪くなかった、かな? 俺が首をひねっていると、魔王様が目を伏せた。まつげが長い。俺よりもずっと背が高い。

「前戯はするのだがそこから先に進まぬのだ。嫌がられるとつい手が止まる。セレナは泣くのだ」
「はい?」

 ぜ、前戯……? そこでやっと俺は、魔王様が俺に何を聞いてきたのか悟って、思わず真っ赤になってしまった。な、なんということだ。そ、そうか、あれか。

「いや、その、あの、シてません! 腕枕しか!」
「! 腕枕のみだと?」
「はい!」

 魔王様にだけは勘違いされたくない。しかし……そっか、回復役とはそこまで進んだのか。なんだか胸がじくじくといたんだが、細く息をついてごまかした。ただ、思ったよりもダメージは受けなかった。どちらかといえば、生々しさに衝撃を受けたのと……一瞬、本当に一瞬だけ、勇者と俺がそういうことをしている光景が脳裏をよぎりどきりとしてしまった。

「随分と大切にされているのだな。それを聞いて安心した」
「大切……」

 実際最近、そうなのかもしれないと思うことはある。

「しかし恋とはうまくいかぬな。セレナはどうやら勇者のことが好きらしいのだ」
「……え?」

 こんなにも強く美しく偉大な魔王様よりも……?
 そしてふと思った。俺と回復役はある意味同じ境遇だ。片思いの相手にチェンジされたのだから。

「だから我は、セレナを勇者の元へと返してやるべきか悩んでいる」
「そうなんですか」
「そうなればもうお前も戻ってきても良いのだ」
「あ」

 魔王様が、魔王様が、俺のことを考えてくれている……!

「勇者だけが幸せになるなど許せぬからな! 我は恋敵は許さぬ!」
「え」
「しかしもうお前が勇者に惚れているとなれば話は別だが……」
「そんなことはありません!」
「絶対か?」
「はい!」
「ならば逆に都合がいいな。ちょっと勇者に抱かれてみて欲しいのだ」
「は?」
「好きではない相手に抱かれた者の気持ちが知りたいのだ。セレナのためにな」
「な……」
「我の『命令』だ」
「御意」

 俺は反射的に答えてから泣きそうになった。魔王様は酷い。あんまりだ。
 しかもだ。
 勇者に抱かれる? 抱かれるだと? 無理だ。嫌だ。第一……

「あの……魔王様……勇者に抱かれるにはどうすれば?」
「誘えばよかろう」
「……」
「そういう経験のひとつやふたつあるだろう?」
「……」
「まさか童て――」
「ままままさか! もちろんそういう経験の一つや二つや三つや四つ!」
「そうか。心強い」

 魔王様はそれだけ言うと、姿を消した。俺が次に瞬きをした時には、現実世界で目が覚めていて、すでに朝が来ていた。ベッドでは王子が眠っていて、ソファには勇者と魔術師が座っている。商人の姿はなかった。

「おはよう、ソーダ!」
「お、おは……」

 声をかけられたが、俺は勇者の顔を見た瞬間に硬直してしまった。
 え。俺は勇者を誘うのか? 待ってくれ、どうしてこうなった。
 しかし魔王様の命令だ……命令なんだ、悲しいけど。

「どうかしたのか?」

 立ち上がった勇者が俺の方へと歩み寄ってきて、顔を覗き込んできた。
 改めてみれば、本当に端正な顔をしている。何せ魔王様に匹敵する魔力量なのだ。それに魔王様と違って優しい。って、何を考えているんだ俺は。

 俺は一途なのだ。魔王様以外は考えられない。
 いやでもその魔王様の命令だ。魔族にとって魔王様の命令は絶対なのだ。絶対だし……俺は多分報告もしなければならない。勇者と性行為に臨んでそれを好きな人に詳細に報告するってどんな罰ゲームだよ……!

 うん、夢だな。
 昨日のあれはただの夢だ。魔王様の命令なんてなかったことにしよう。
 一人そう納得して頷いた時だった。
 魔術師が言う。

「魔王から接触があったみたいだけど、なんて?」
「え」

 思わずうろたえると、勇者が暗い目をした。

「……逢い引き……」
「ち、違う! た、ただ勇者を誘えって言われただけで……!」
「俺を誘う?」
「あ」

 言っちゃったよ。どうしよう! 俺は焦って手を振る。

「どこにだ? ソーダの誘いなら喜んでどこにでも行く!」

 良かった。勇者は字面のままに受け取ってくれた。安堵で一気に体の力が抜ける。
 すると正面から抱きしめられた。そして耳元で囁かれた。

「俺はいつでも大歓迎だから」
「……?」
「なんなら今すぐ」
「え? 何?」
「魔王に今回だけは感謝する」
「は?」
「ワイズには言ってないけど、傍受魔術をはっていた」
「は!?」

 俺はクラクラした。それから焦って、勇者の体を押し返すが、腕にさらに力がこもり身動きが取れない。頬が熱い。どうしよう。

「俺のことを好きじゃないっていうのは悲しいけどな」
「……」
「それと競争するつもりはないけど、せめて前戯くらい俺も……」
「……」
「……あ、いや、そ、その、もちろんソーダがいやならしょうがないけど! 俺、我慢できるからな? 本当に!」

 当然嫌に決まっている。人は魔力だけが大切じゃないのだ。

「ソーダが誘ってくれるのずっと待ってるから! もう俺からは言わないからな! 安心してくれ」
「っ」

 しかし響いた声に、俺は目を見開いた。
 こ、これではようするに、本当に俺から誘わない限り、何もないということだ。
 魔王様の命令を達成できない。

 ――別にいいのかな? いやでも、俺、腐っても魔族だし……だけど恥ずかしくて勇者を誘うなんて無理だし。勇者の方から言い出してくれないと……だけど今、もう言わないって言ったし……。かと言って言われたらするのかといえば、それもその……ああ、わけがわからなくなって行く。

「よくわからないけど、僕は腹が減ったから食堂へ行く」

魔術師の言葉で俺は我に返った。勇者もそちらを一瞥する。

「お前たちの部屋の方を俺とソーダが使ってもいいか?」
「ああ。まぁゆっくり寝ろ」

 そう言って魔術師は出て行った。それを見送ってから勇者が俺へと視線を向ける。

「向こうの部屋に行こう」

 こうして俺たちは部屋を移動した。
 廊下を無言で歩いたのだが、いつもだったら勇者が何かと話しかけてくるのにそれがなくて、妙に緊張した。それからギシギシと音を立てて扉を開ける。

「シャワーを浴びてくる」
「ああ」

 一人取り残された俺は、とりあえずベッドに座った。ダメだ、わからない。俺はどうすればいい? 第一前戯ってなんだ? 勇者のものを手で触ればいいのか? 俺が? それでどうすればいいんだ? 出して終了か?

 ぐるぐると考えていると、思いの外時間が経つのが早く、勇者が戻ってきた。

「よし、俺は少し寝る。ソーダ、街は危ないから一人では出かけないで欲しいんだ」
「わ、分かった」
「ありがとう。おやすみ!」

 勇者はそう言うとさっさと布団に入った。寝息はすぐに聞こえ始めた。ど、どうしよう!? おずおずと勇者に近寄ってみる。そしてまじまじと見た。やっぱりちょっと見ほれてしまうくらい強い魔力であるのは間違いない。なんだかどんどん魔力が強くなって行くような感覚に陥った。

 気づくと俺は――吸い寄せられるようにキスしていた。ほっぺにだけどな。
 そしてハッとした時だった。何をしてるんだ俺は、と思った時だった。
 パチリと目を開けた勇者に腕をひかれて、それからあっさりと組み敷かれた。

「起きて――」
「魔族は魔力に弱いって本当なんだな」
「え?」

 勇者のつぶやきに首をひねろうとしたのだが、その前に深々と唇を貪られた。官能的に舌を追い詰められて、歯列をなぞられ、それから強く吸われた。

「っ、は」
「ソーダ……」
「あ……」
「魔王の命令なら誰にでも抱かれるのか?」
「違っ、まさか! そんなわけないだろ!」
「俺だから?」
「そ、そうだ――ん? え? いや、違」
「ありがとう! やっぱり俺のこと好きだって言ってくれたのが本心で、魔王の前では照れちゃったんだな! 両思いだな! これで本当に両思いだ! 体を重ねてもいいってことは、人として以上に好きだってことだよな!」
「な、な……」

 なんということだ。俺は勇者のプラス思考っぷりに呆然とした。

「俺、優しくするから」

 勇者はそう言うと俺の首筋に唇を落とした。強く吸われると鈍くいたんだ。ただ、触れられたその箇所から魔力が入り込んできたような気がした。それだけで体が熱くなる。え、嘘だろ? 待って欲しい。俺には何の心の準備もない!

「ま、まってくれ……」
「ソーダの気持ちが冷める前に! 思い出だけでも!」
「だ、だからあの! 違うから! 俺、俺は、えっと……こ、怖い!」

 気づくとそう口にしていた。
 そして回復役の気持ちが分かった気がした。それでも前戯までは受け入れているんだから、向こうはすごいな。

「じゃあ怖くなくなるまで抱きしめてるから」

 勇者はそう言うと俺を抱き起こした。そしてギュッとする。
 しかし俺は首を捻るしかない。

「? 抱きしめながら旅はできないだろう?」
「ん?」
「そんなにすぐは恐怖は拭えないからな」
「……今日中じゃ……」
「え」
「え」
「無理!」
「……据え膳」
「は、離して、本当に! お願いだから!」
「どうしても?」
「どうしても!」
「ちょっと触るだけ!」
「ちょ、ちょっとって……どのくらいだ?」
「このくらい」
「うああああっ、ン!!」

 服の上から乳首を指で弾かれた。同時に強い魔力が体の中に入ってきた。
 それだけで俺は果ててしまった。体がガクガクと震え、快楽で目の奥が白く染まった。何が起きたのかわからなかった。

「え、あ」
「……ちょっと強かったな、ごめん!」
「ちょっと……?」
「もうちょっと優しく触るから――」

 俺には、ちょっと、という言葉の意味がよくわからなくなった。
 俺はもう、ちょっと、なんて言葉は信用しない。

「お、終わり! もう終わりだ!」
「え……うん。やばい、俺ちょっと頭冷やしてくる。このままだと確かに無理やり襲いそうだ……」

 勇者は不穏なことを言うとシャワーの方に消えた。
 俺は魔術で体を綺麗にしながら、頑張って冷静になった。

 ――勇者に、イかされてしまった。それも乳首なんていう普段は存在を忘れている場所を軽く弾かれただけで……俺の体のバカ! いや違う、勇者の底なしの魔力が悪いのだ! きっとそうだ!

 もうそういうことにしよう!

 俺は一人真っ赤になりながら、ふて寝することにしたのだった。