【八】勘違いだった……?
ルイドが躊躇う事もなく、俺に剣を振り下ろした。
え。
それは無いと信じきっていた俺は、目を丸くするしかない。
ザクリと俺の体に、斜めに線が走る。血飛沫が周囲を汚していく。真っ赤な自分の血が、宙に飛んでいく。続いてルイドが、今度はまっすぐに、俺へと剣を突き立てた。心臓一直線――だったのが、幸いした。
俺は暗殺対策用に、心停止が起きる直前で、時を停止させる為の、時間停止能力を事前使用していたのである。幼少時から使いっぱなしだったので、すっかり忘れていた。
結果、俺に剣を突き立てたまま停止しているレイドと、一人だけ動けるものの、大怪我をしている状態の俺という構図が出来上がた。
「おいおいおいおい、そこで殺すのかよ! せめて思い余って俺の貞操を奪うとかだったらまだ分かるぞ!? お前俺の事好きだったんじゃないのかよ! 殺すのかよ! こんなにあっさりと!」
思わず涙声で俺は叫んだ。俺以外の世界が停止しているため、誰にも聞こえていないようである。胸が痛い。血が流れてくる上辺の浅い傷もズキズキと痛いし、心も痛い。気づくと俺はボロボロと泣いていた。こんなのは、失恋だ。どうやら、俺だけが好きだったらしい……。
ただ――わからなくはない。俺は、ルイドの生真面目さに、もうこの期間で触れていたから、ルイドが実直に侵入者排除という仕事をしているのだと理性では理解出来た。そんな所も、俺は多分好きだった。一緒に討伐をしていて惚れた一因である。ルイドからすれば、魔王復活になくてはならないエールを奪われては困るだろうし、俺に裏切られたと思っても何の不思議もない。
あるいは善意か?
俺が殺してくれって言ったからか?
俺の望みを叶えてくれたのか?
それとも俺が集団に陵辱されるような未来を回避させてくれたのか?
様々な感情が浮かんでくる中で、俺は必死に、騎士時代に習得した鎖抜けのやり方を思い出し、手足の自由を得た。首輪も外す。そして心は痛んだが、四階で見かけた霊安室から、俺に背格好が似ている遺体を運んできて、先ほどの俺と同じように繋いだ。また、非常に心苦しかったが、ルイドの剣をそこに突き立てる事も忘れない。
その後、遺体に本当に謝罪しつつ、火をつけた。顔が焼けて外見からは俺でないと判断出来ない状態にしてから、姿を消して、能力を解く。
「火事だ!!」
遠くから声がした。俺は上階を目指してエールを探したが、既に移動させられているらしく、上の階にはエールがいたという痕跡しかなかった。時間停止能力を用いて今度は外へと避難する。
――こうして、俺の救出劇は失敗に終わった。
迂闊に宮廷内部を歩けなくなった為、俺は腕を組む。
どこにいるのが安全であろうか……俺の国には、灯台下暗しという言葉がある。
「俺を殺したと確信しているのは、ルイドだけのはずなんだから、ルイドのそばか?」
うんうんと頷きながら、俺はルイドの影に隠れる事にした。エール情報を探るためにも都合が良いし、ルイドだってまさか、死んだ俺――が、仮に逃げていると察しても、自分のそばにいるとは気づくまい。
我ながら良い案だと思いながら、時間停止能力を駆使しつつ、俺はルイドを眺めながら索敵するようになった。
本日の日中は、魔物の討伐らしい。
ルイドは座っている。俺が討伐に参加した最初の頃、丁度同じ席にルイドは座った事がある。あの時は、お茶を出してくれた。現在のルイドは、なぜなのか、右手をぼんやりと見ている。過去にはあそこに、俺に差し出したカップがあったこともあるのになぁ……。
俺は未練たっぷりである。同時に、俺をあっさり手にかけたルイドにイライラしっぱなしでもある。
どこか遠い目をしてから、ルイドが立ち上がり、窓際に立った。
無表情で、何を考えているのかはさっぱり分からない。
が、どうせ俺のことなんて、もう忘れてしまっただろうなぁ。
翌日。
本日は、ルイドは休日らしい。別にルイドの休日になど、もう興味は無かったが、俺はルイドの影に隠れる事に決めた為、ルイドを尾行する事にした。影に隠れるというのは、具体的に言うと、まさしく『影』に隠れているのである。時間停止能力を応用して、知覚不可能で影にしか見えない状態に身を置いているのである。なので傍から見たら、俺は透明人間だろう。
ルイドは街を歩いていく。いつか、一緒に歩いた道だ。
その時、ルイドが立ち止まった。見れば、音楽が鳴る時計が置いてある店だった。
「……」
じっとルイドが時計を見ている。もしや、少しくらいは、俺を思い出しているのか?
もう遅いからな! お前の愛は、仕事よりは優先度が低かったって知ってるからな!
俺が同じ立場だったら、絶対お前を助けたぞ!
「……どうしてあの時、買ってやると言えなかったんだろうな。もう少し、俺に勇気があれば……」
ルイドが不意に呟いた。その声が、俺の胸に突き刺さった。嫌な動悸がする。
――それは、誰に?
俺にだよな?
なんだか、涙腺が緩みそうになった。ルイド、やっぱりちょっとは、絶対、うん。俺のこと、好きだったよな? 俺の勘違いじゃないよな?
そのままルイドが歩き出した。
そして二人で入った植物園を、今度は一人で回り始めた。終始無表情だった。
ルイドはその後、食事をした。以前は、正面に俺が座っていた席で、ルイドは一人、あの日と同じものを食べている。そこに俺はいない。俺さえいれば、まるであの日のようだ。初めて俺側がドキドキした日にそっくりの光景。だというのに、俺はいないのだ。ルイドは、何を考えながら、街を回っているんだろうな。
その後は、何を買うでもなく、ルイドが帰宅した。
俺もついていきながら、なんとなく陰鬱な気分になった。
もしも出会い方が違ったならば、それこそ俺がただの冒険者だったならば、今頃は違った結果になっていたのだろうか。
やりきれなさで、胸がはちきれそうだった。