【九】帰国



 ――本日も、ギース殿下は、ルイドに抱きついている。毎日見ているので、だんだん俺も見慣れてきた。その度に、今でも苛立ちが募る。

「本当に可愛いなぁ、僕のルイドは」
「……」
「満更でもなくなってきた? いつもいう『戯言は』っていうのは、どうしたんだ!」
「……戯言は」
「……あ、あのだね。ルイド、最近のお前は、全く笑わないし、以前から少なかった口数が、寡黙を通り越して沈黙状態になっているけどな? うん? 大丈夫か?」

 俺にはイチャついているようにしか見えない。ルイドを正面から抱きしめたギース殿下は、ルイドの肩に顎を乗せると、苦笑しながら何事か囁いている。

 最近の俺は、囁き内容には注意を払わなくなった。好きだ可愛い愛している結婚してくれ、の、繰り返しだからだ。ルイドはそんなギース殿下の求愛に対して何を言うわけでもないが、何も言わないんだから、嫌でもないんだろう。

 ……。
 きっと初めから、本命は殿下だったんだろうなぁ。なにせ俺に声をかけてきた時だって、二人で街を歩いていたのだし、俺の顔を褒めた殿下を怒ったのもルイドだ。あれは嫉妬していたんだろう。あーあー。結局こいつら、できてんだろうな。くっつくんだろうな。俺なんてお呼びじゃなかったんですね!

 誰にも見えないことを良いことに、俺はいじけて、やさぐれた。

「それで、父上――魔王様復活の方は順調なのか?」
「――エール殿下の首から、宝玉を分離することには成功しました。比較的簡単な魔法陣を用いたら、すんなりと首飾りは取れました」

 それを聞いて、俺は目を見開いた。やさぐれている場合ではない。しっかりと聞き耳を立てながら、冷静になろうと務める。

「もうエール殿下は必要ありません」
「処遇はどうするんだ?」
「――トールバール王国へ送り届ける馬車が、先ほど出立しました」

 俺は目を丸くした。え? え? え?
 エールは、無事に帰国できたということか!?

「生かして?」
「ええ。無駄な殺生をしている余裕もありませんし」
「――ナジェスのことはあっさりと屠ったのにか?」
「っ」
「それとも、エール殿下を助けたいというナジェスの望みを叶えての慈悲か?」
「ち、違います、俺は――」
「そんなに傷ついた顔をしなくても……古くからの友人なのだから、僕の前でくらい、素直に泣いても良いんだぞ? ナジェスは短い間だったけどな、冒険者……の、フリをしてとはいえ、この国のためにも働いてくれたんだしな」

 殿下、優しい。俺は、殿下の言葉に感動した。
 同時に、全くそのとおりだと何度も大きく何度も頷いた。何もあんなにあっさり俺を殺さなくても良いだろうに……。

「どうしてナジェスを殺めたんだ?」
「殿下……」
「ん?」
「もしあの段階で、エール殿下を救出されていれば、魔王様の復活は成し遂げられないと判断したからです。迂闊に幽閉などしても、古くから神秘的な力を保持するトールバール王族を留めおくことは、危機しか招かないと判断した次第だ」
「……本当は、この腐敗しきった王宮の皆に嬲られる彼が見たくなかったんだろう?」
「それは」
「それは?」
「……ただの俺の自己満足の一つです。嬲られても、生きている方が幸せだったかもしれない。決して、ナジェスを思っての行為じゃない。俺の身勝手な……」
「全くその通りだ。生きていれば、なにか違った未来があったかもしれない。適当な理由をつけて、醜い輩からルイドが守ってやれば良かっただろうに」

 ギース殿下の声に、ルイドが泣きそうな顔をした。歪んだ表情があんまりにも辛そうに見える。俺の心が抉られた。確かに、生きていたら別かもしれないが――ギース殿下、やっぱり酷い。何もそこまで、ルイドを追い詰めるようなことを言わなくてもいいだろうが! これじゃあルイドが可哀想だ!

「――素直に泣いて、僕に慰められるべきだぞ」
「……」

 ルイドは何も言わない。ただ手を握り締めて震えている。
 ……もしや殿下は、優しさで、辛い所に付け入るつもりか?
 多少は、ルイドも、やっぱり俺の件を、辛いと思ってくれているよな? うんうん。
 やはりただ、彼は仕事に忠実だっただけなんだ。それで俺のことは……やっぱりそれなりには、好きでいてくれたよな?

 その時、ギース殿下が、ルイドの左手の薬指に、指輪をはめた。

「好きだぞ、ルイド。そろそろ僕の想いに答えてくれ」
「……」

 しかし、求愛に対して無言のルイドを見ていると、やっぱりイラっとする。俺のことが好きなら、もうちょっと引き摺る素振りがあってもいいし、生涯俺だけを思う姿勢とか見せてくれてもいいんだぞ? もやもやする!


 ――宮廷魔術師が総員総集されたのは、翌週の夜のことだった。

「願いを叶えるための魔法陣が見つかりました」

 全体の前で、皇族の皆様達もいる場所で、ルイドが説明をしていく。完全に術式を理解しているのは、ルイドのみらしい。ここの所寝ずに魔道書と向き合っていたのを、俺は影から見てきた。

「――という難解な術式ですので、最後に、復活させる者の名前を古代語で読み上げるお役目は、俺が」

 ルイドがそう言ったので、説明会は終わった。
 俺はその場にある、俺にはさっぱり理解不能の魔法陣と、見慣れていたエールの宝玉の二つを交互に見た。相変わらず透明人間状態である。

 そもそもエールが無事に帰ったのだから、俺はもう、ここにいる必要はない。なにもストーカーのごとく、ルイドの後ろに居る必要もない。ただ……魔王様というのが気になるので、一応、姫騎士としてこの場にいる。なにせ神話は、魔王と姫騎士の争いが主題だったのだ。復活したら、エールの件という火種もあるし、王国と帝国は戦争になるかもしれない。ならば、限界まで情報収集をしてから離脱した方が良いだろう。