【十】魔王復活……?
厳かなローブを纏い、禊後に、巨大な魔法陣の中央にルイドが立った。魔王の復活阻止などは出来ないので、俺はほかの宮廷魔術師や皇族といった方々の影に今度は紛れつつ、どのような儀式が行われるのかを確かめることにした。
ルイドが魔法陣の中央で古代語を口にする度、周囲に風が吹いていく。
魔法陣がキラキラと輝き始めた。
これで、人が生き返るのか。エールの宝玉ってすごいんだなぁ。
それとも、魔王だから生き返りが可能なのだろうか?
その後、実に二時間に渡り、ルイドがたった一人で呪文を述べていた。周囲は見ているだけだ。何人かが欠伸を噛み殺していた。確かに、ずっと古代語を聞いていると、眠くなってくる。俺に理解可能な古代語――過去の大陸共通語は、自分の名前のみだ。
そう、考えた時のことだった。
「ナジェス=トールバール」
俺の名前が、何故か呼ばれた。ん? え? 何?
最初はここにいるのが露見してしまったのかと思ったが、考えてみると、今のは古代語だ。そう俺が理解した直後、周囲にざわめきが広がり始めた。
「ナジェス?」
「魔王様――前皇帝陛下の御名は、ナジェスではないぞ?」
「……確かに古代語で今、ルイド様は『ナジェス=トールバールを生き返らせよ』と……」
「え、ナジェスって、あの、亡くなったという隣国の姫騎士の名前じゃ?」
どんどんざわめきが大きくなっていく。そんな中、魔法陣の光が消えて、空中に浮いていた宝玉が、地面に落ちて割れた。何も起きていない。そりゃそうだ。生き返らせよと願ったとしたら、俺、生きてるし。けど、なんでだ? 魔王様とやらを復活させるはずが、なんで俺の名前が呼ばれたんだ?
「っ」
その時、ルイドが頽れて両手を顔で覆った。泣き崩れている。
「何故だ。術式のミスか? あれほど、あれほど確認をしたのに」
それを聞いて、俺は目を見開いた。え? もしかして、いいや、しなくても、ルイドは俺を生き返らせようとしてくれたのか?
「何を失っても良かった。けれど、ナジェスがいない世界なんて耐えられない」
号泣しながらルイドが呟いている。呆気にとられて、俺は硬直した。
「どうして俺は……ナジェスを殺……っ」
嗚咽をこらえられない様子のルイド。俺は飛び出して慰めたくなった。が。
無性に嬉しくなって、顔が蕩けきってしまい、笑みを噛み殺してわなわなと震えるしか出来ない。
「俺はナジェスを愛していた……なのに」
なんだよ、両思いだったんじゃないかよ! わーい! 嬉しい! 俺は透明人間風であるのを良いことに飛び上がって喜んだ。
「ルイド様……」
「いつも冷静なルイド様が……」
「そんなに想っていらっしゃったのですね……」
「愛しておられたのですね……」
周囲の反応も、意外と温かい。う、うーん。しかし、それはそれでどうなのだろうか。俺の国からエールを誘拐したくせに、魔王様の復活はそこまで重要じゃなかったのか? 前皇帝陛下復活のために、宝玉が必要だったんだろう? そのために国家ぐるみの犯罪をしたんだぞ、この人々は。
それに――嬉しさのあまり、俺は完全に出るタイミングを逃した。
正面では今もルイドが泣き崩れている。完全に術式の失敗だと判断しているようだ。
その上、もう宝玉は割れてしまったし、宝玉は今の所、これしかない。
またその内、俺の国の王族が持って生まれるのだろうが。
「なぜ、なぜだ! どうして、どうして……ナジェス……」
ポロポロとルイドが泣いている。その姿には胸が痛む。ギース殿下がルイドに歩み寄り、その肩を叩いたのは、俺が腕を組んだ時のことだった。
「失敗したんじゃないと思うぞ」
「え……?」
「既に叶えられている願いだから、効力を発しなかったのだろう。代わりに、見えるようになっているな」
「どういう意味だ、殿下……?」
意味が分からないというように目を見開いているルイドに対し、ギース殿下が満面の笑みを浮かべた。
「だって、そこにナジェスはいるじゃないか」
ギース殿下が、笑顔で俺を指さした。周囲の視線が一気に俺に集まった。そこで俺は、自分の時間停止能力が消失している事に気がついた。
「僕は、皇族血統に宿る魔力で、ナジェスが生きているのは知っていたんだ。てっきり、ルイドが逃亡させたのだろうと思っていたよ。違ったんだね」
笑顔のギース殿下の前から、立ち上がりルイドが俺に走り寄ってきた。そして俺を正面から抱きしめた。そのぬくもりは嬉しいが、俺はまだモヤモヤしている。
「僕としては、玉座は僕にふさわしいと思っているからね。父であった前皇帝陛下――魔王様は復活しなくて構わない。僕に異論があるものがいるならば、ここで名乗りでるが良い。今を持って、魔王復活計画は中止とする。この帝国の玉座は、僕のものだ。皆、従うか死ぬか、選んでおくように」
ギース殿下が怖いことを言った瞬間、他の皇族方が捕らえられた。幾人かの宮廷魔術師も拘束されている。
「いやぁ、ルイドだけは捕らえず配下にしたかったから、丁度良かったよ。愛を貫いてくれて。安心していい、僕の戯言は、ただのルイドを監視するための偽りだったのだからな」
俺はその言葉に気を取られた。その為、ルイドの鼻水が俺の服に付着しているのをしばしの間見過ごしてしまった。
「ナジェス……」
ルイドに服を引っ張られて、俺はやっと意識を向ける事ができた。