【二】ずっと一緒に
今日も僕は、エンゼルフォードの街の入口に立った。橙色の日が、道を染め上げている。遠くからは蝉の声が聞こえる。早く、帰ってこないかな。木の幹に背を預けて、僕は今か今かと坂道に続く先を眺めた。
「今日も待ってるのか?」
その時声をかけられた。見れば、そこには街でも評判の実力を持つ冒険者が立っていた。僕の中では師匠の方がすごいけど、この人もすごいと聞いている。師匠よりも若く見える青年の名前は、ジュードだ。時々僕に声をかけてくるから、街の人々とあまり親交がない僕も、名前を覚えてしまった。
「そうだよ」
「レムみたいな可愛い弟子がいて、ミセウスは幸せ者だな」
ミセウスというのは、師匠の名前だ。僕は頬を持ち上げて、目を閉じた。ニコニコしてしまう。師匠も僕を自慢の弟子だと言ってくれるのだ。僕はそれが、何よりも嬉しい。だからいつか、沢山勉強をして、師匠のような魔術師になりたいとも最近では感じている。
「あれ? 怪我?」
目を開けた僕は、その時、ジュードの肩が黒く濡れている事に気づいた。既に乾いているが、血に見えた。すると僕の視線に気付いたジェードが肩を押さえて、苦笑した。少しだけ、表情が強ばったように見えた。
「ああ。平気だ。さっき、上の街道で土砂崩れがあってな。救出作業をしていた時に、石で切った」
「そうだったんだ……無事で良かったね」
僕が神妙な顔つきでそう告げると、ジュードが少し口ごもった。
「――大勢巻き込まれた者がいるから、俺だけ無事でも、な。もう少ししたら、この村にも救護場が出来る予定だ。この入口も慌ただしくなるから、今日は帰った方が良い」
「師匠が来たら、すぐに帰るよ」
「……そうか。早く帰ってくると良いな」
ジュードはそう言うと僕の髪を撫でた。
「子供扱いをしないで!」
「子供だろう?」
「う……ジュードがお年寄りなんだ!」
「俺はまだ十九歳だぞ? お前とは五歳しか違わない」
そう言って苦笑してから、ジュードが歩き始めた。僕は手を振って見送った。
影が道に伸びている。
それから――空に星が輝き始めた。もう、すっかり夜更けだ。
師匠は帰ってこない。僕は、次々と街へ運ばれてくる怪我人達を見ながら、胸がざわざわし始めた。まさか、師匠も巻き込まれてしまったのだろうか? 不安でいっぱいになる。瞳に涙が浮かびそうになったが、拳をギュッと握ってこらえた。師匠がいつも、もう大人なんだから泣いてはダメだと僕に言うからだ。
その時、カサリと茂みを踏む足音が聞こえた。聞き違えるはずのない、靴の音。
勢いよく僕は顔を上げた。
「師匠!」
「ただいま、レム」
僕は師匠に抱きついた。師匠はいつもと同じ笑顔だった。
「街道で事故があったんだ。その避難誘導をしていたら、遅くなってしまったんだ。レム、俺が遅い時は、家に帰っていて良いんだからな?」
「師匠、師匠……! 師匠が無事で良かった」
やはり僕は泣き虫だったみたいで、ポロポロと涙がこぼれてしまった。
すると苦笑するように吹き出した師匠が、僕の頭を撫でてくれた。
抱きしめてくれる腕が、温かい。
「帰ろうか」
「うん!」
こうして、僕は師匠と共に帰路に着いた。
今日はきのこのシチューだった。僕はキャロットケーキを作った。
二人で食事をする。師匠は、テーブルに広げた大陸新聞を一瞥しながら、僕のお話を聞いてくれる。だけど師匠がいつもより熱心に見ているから、気になって、身を乗り出した。新聞の一面だ。
そこには、【国王陛下重病、次期国王陛下選定が急がれる】と書いてあった。難しいことは、僕にはよく分からない。少し読んでみる。僕は文字も、師匠に教えてもらった。だけどまだまだ、難解な言葉は読めないし、読めても意味がわからないのだ。
なんでも――本来この国では、第一王子殿下が、王様のあとを継ぐらしい。けれど、だいぶ昔に、第一王子様は亡くなってしまったらしい。そしてその次に王位継承権を持っているのは、第一王子様の息子なのだという。だが、行方不明と書いてあった。亡くなった王子様と一緒にいたところを、大昔に、敵に襲われたらしい。遺体が見つかっていないから、どこかで生きているのではないかと、みんなで探しているそうだ。
だが、亡くなっているかもしれない。そうなると、王位継承権は、第三位の、第一王子様の次男の十二歳の殿下と、第四位の、現国王陛下の弟である五十八歳の殿下のどちらかが、次の国王陛下になる可能性が高いらしい。そのため、王都では政嵐が起きているという記事だった。偉い人も大変なんだなぁ……。
「レム」
「はい!」
「この失踪中の御子様は、存命中ならば、レムと同じで十四歳だと書いてあるよ。レムはもしも自分が次の王様だと言われたらどうする?」
「驚く!」
「そうだね」
僕の答えに、師匠が苦笑した。それから匙を手に、師匠が僕をまじまじと見る。
「もしレムがお城へ行ってしまう事になったら、寂しくなるな」
「お城に?」
「もしも、の、話だ」
「その時は、師匠も一緒に行こう! 一緒じゃないなら、僕はどこにもいかない!」
断言した僕を、師匠は優しい瞳で見ていた。
僕は、師匠のこの表情が大好きだ。だから、ずっと一緒にいたかった。