【五】期待外れだったのかという感想が来ない不安(SIDE:セギ)






 俺は昨日も新作を納品した。そして本日も噴水前にいた。
 今日は、あの人物は、俺にどんな感想をくれるのか。
 最早、感想が届く事を、疑ってはいなかった。

「……」

 朝、噴水前のベンチに行った俺は、夕方になった現在も、何気ない素振りで楠門の方を見ている。朝は通過する様子が無かったから、今日は早く出たのだろうか、あの人物は。だが、帰ってくるだろう、そろそろ。

 ――と、考えている内に、日が完全に落ちて、星が輝き始めた。
 雪は降らない街だが、冬の寒さが険しい。
 楠門からは、誰も入ってこない。

「忙しいのかもな」

 たまにはそういう日もあるだろう。あるいは、今日は出かけなかったのかもしれない。
 俺はそう考えて、帰宅した。

 ――だが、翌朝。
 いつもより早く出た俺は、俺の前を素通りする人物を目撃した。足早に通り過ぎていく。これまでだったら、新作がない日でもこちらを見て微笑していた人物が、真っ直ぐに門を目指す姿を見て、小さく首を傾げた。

 急いでいるのだろう。
 やはり、忙しいのかもしれない。

 帰りには立ち寄ってくれるかと期待し、俺はこの日は一度帰ってから、夕方また顔を出した。だが、あの人物は今回も俺の前を素通りした。そして魔術図書館へと向かって坂道を進み始めた。

「もしかしたら、これから読むのかもな」

 思わずポツリと呟いてしまった。幸い、周囲にいた創作仲間には聞こえていた様子は無い。この日も、その内の一人に誘われて、俺は体を重ねた。

 しかし翌日も、その翌日も。
 俺はあの熱心な読者を見かけたが、その人物は、足早に楠門へと向かっていくだけだった。

「……」

 この頃になると、俺はある可能性に思い至っていた。
 ――期待はずれだった。
 ――つまらなかった。
 だから、俺にかける言葉が無い。その可能性だ。

 それならそれで良い、そう言って欲しい。俺はこちらを見ずに通り過ぎていくあの人物を、チラリチラリと見るようになってしまった。名前さえ知らない人物を。またあの流麗な声を聞きたい。話しがしたい。

 考えてみれば、俺から話しかけた事は一度も無い。
 それが悔やまれる。名前くらい、聞いてみれば良かった。
 彼がどこに住んでいるのか、それすらも知らない。彼が来てくれなければ、俺には自発的に会う術すら無かったのだ。

 悶々としていた俺は、ある日決意をした。その日は、依然と同じくらいの比較的日が高くなってから、その人物が通りかかった。俺は立ち上がり、それとなくその後を追いかける事にしたのだ。

 気づかれないように雑踏を縫い、楠門の手前で商店街へと進み始めた人物を尾行した。立派なストーカーだろうが、良い。どうせ俺は、彼を脳内で散々犯している変態だ。

 この人物は、俺に気づく事もなく、買い物をした後、カフェに入った。
 俺もなに食わぬ顔でカフェに入る。

「あ」

 そしてさも偶然だという風に、声を上げた。ちらりとこちらを見た彼は――柔和に微笑した。全く、胸に響くからその表情は困る。俺の心拍数が酷くなった。嫌な予感に冷や汗が出そうになる。俺はもしかすると、彼が気になっているのかもしれない。いいや、気になっているのは間違いないのだが、その種類が、恋に類似した感情に思えてきたのだ。

「セギ神、こんにちは」
「おう」
「このお店、ココアが美味しいそうですよ!」
「へぇ」
「セギ神の小説のココア描写を見る限り、セギ神はココアが好きなのかと思ってて」
「まぁ、嫌いではない。が、お前の目の前にはコーヒーがあるな?」
「あ、俺、あんまり甘いものは飲まなくて」

 彼が苦笑した。彼の苦笑を見るのは初めてだったし、彼の個人情報――好みを聞いたのもこれが初めてだ。俺はさりげなく彼の席に歩み寄り、正面の椅子に触れた。

「座っても良いか?」
「どうぞどうぞ!」
「なぁ、お前さ――……お前っていうのもなんだし、名前は?」
「え? え、えっと、え……」

 するとあからさまに彼が動揺した顔をした。

「ひ、秘密です!」
「は?」
「セギ神に名前なんか呼ばれたらキュン死します!」

 俺の推し兼熱心な読者(今もである事を祈る)は、頬を染めながら、頭の悪い事を言う。まぁ俺だって、ギュート氏に名前を知られたら、嬉死ぬ可能性はある。まぁ最近そこそこ俺も有名になっては来たので、ギュート氏に知られていないかと期待もしているが。

「呼びにくいだろ」
「う……良いんです! 俺はモブだから! そうだ! モブと呼んでくれ!」
「モブ……」

 麗人過ぎるモブ(自称)氏に対し、俺は呆れて笑ってしまった。
 さて、本題である。

「なぁ、モブ」
「はい!?」
「モブってこの辺に住んでるのか?」
「へ? あ、いやその……あ、う、い、いいえ」
「ふぅん」

 モブ氏(仮)が真っ赤になって、俯いた。こういう反応を見ると、俺の物語(魔導書)ではなく俺を好きそうに見えるから困る。

「もっと気楽にしてくれ」
「あ、や、いや、いや……だ、だって! 神様とお話するなんて、き、緊張して!」
「いつものマシンガントークはどうした?」
「へ!? あ、いや、あの、だって、だって、感想は別で」
「感想といえば、最近なんか良い魔導書はあったか?」
「ひゃ、ひゃい! あ、噛んじゃった。それはもう、セギ神の最新作が尊くて!」

 そこからモブが俺の物語の感想を語り始めた。
 どうやら、俺の考えたネガティブな可能性は、杞憂だったらしい。
 とりあえず、俺の肩の力が抜けた。

 その後俺は、いつもの通り、うっとりした顔で語りだしたモブを見ていた。