【3】
以来――ヴァイルと俺は、時折、ポツリポツリと話をする仲になった。
買い物帰りに遭遇した時も話すし、ルイナがいても、挨拶程度、出来るようになったのである。俺は、幸せだ。最初は見ているだけで幸せだったはずなのだが、段々、毎日話したいとワガママになってきた自覚がある。
「はぁ……」
完全に恋煩い。
俺は騎士団の本部で溜息をついた。すると、団長のルーク様が、俺を見た。
「クロスの証書、届かなかったね……」
「それは、まぁ分かってた事ですし」
「それもそうだね」
淡々と団長が頷いた。それから、団長が首を傾げた。
「じゃあ、今の溜息は何?」
「……実は、好きな人がいて」
「ああ。アパートの」
「!!? ど、どうして知ってるんですか?」
「毎日嬉しそうに階段脇に君がいるって、第二騎士団の人間なら大半が知ってると思うけど」
思わず俺は赤面した。
「まだ付き合ってなかったの?」
「そ、そんな! 無理です……みゃ、脈も無いし……」
「へ? 俺から見ると、脈しか無いと思うけど? 100%、両想いだと思うよ」
「え!?」
「早く告白したら? 長引くと相手の心変わりもあり得るし、機会を逃すよ」
団長のその言葉に、俺はガタリと椅子の音を響かせながら立ち上がった。
「俺、今日告白します!」
「うん、それが良いね」
そんなこんなで定時になった。俺が帰宅準備をしていると、珍しく団長も準備を始めた。完全に見に来る気だ……。そうは思ったが、俺は帰りの道中で、何と告白すれば良いか相談したかったので、前向きに団長の姿を捉える事に決めた。
二人で歩きながら、結論として「好きです、俺と付き合って下さい」が一番良さそうだという話になった。
こうして団長と共に帰宅し、俺はいつもの通り、階段脇に立った。
団長は、少し離れた場所に立っていて、何やら花を眺めている(フリをしている)。
ルイナが出てきて俺に抱きついたのはそんな時だったが、俺の頭の中はヴァイルの事でいっぱいだった。
「ルイナ、離してくれ。俺は今日、真面目な話をしなきゃならないんだ」
「真面目な話?」
「ああ。愛の告白をする」
「! つ、ついに……!」
ルイナが瞳を輝かせた。何やら赤面している。ま、まさかルイナも、俺のヴァイルに対する気持ちに気付いていたのだろうか? 俺の好意を、みんなが知っていたのだろうか? そう思うと、少し恥ずかしい。
その時――ヴァイルが紙袋を抱えてやってきた。
俺は、意を決した。
「好きだ! 俺と付き合って下さい!」
すると、ヴァイルが動きを止めた。そして通り過ぎようとしながら、俺とルイナをそれぞれ見た。
「え?」
ルイナが虚を突かれたように声を上げた。
「こ、告白って……え? 僕にじゃなくて?」
「ん?」
何の話だろうかと、俺は首を捻る。それから改めて、ヴァイルを見た。
「俺、ずっとヴァイルの事が好きだったんだ! もう気持ちを抑えられない!」
「えっ!? 俺!?」
するとヴァイルも驚愕したように目を見開いた。そしてルイナをじっと見た。
「そ、そちらの方じゃなく?」
「へ? 俺は、ヴァイルが好きだ」
「えっ」
「うちの騎士団長が、脈100%って言ってたから、結果は見えているけど、俺、俺、好きだぁ!!」
俺が半ば叫ぶように言うと、ヴァイルが花の前に立つ団長を見た。
すると――どこか引きつった顔をしたルーク様が歩み寄ってきた。
「あ、あの……お前から見て、俺の脈、100%だったのか……?」
「いや、あの、俺、てっきりルイナの事だと……」
「だ、だよな」
「僕も、僕自身、僕のことだと確信してた……」
三人が顔を見合わせている。俺一人、蚊帳の外だ。
「付き合ってくれ!」
俺がもう一度言うと、ヴァイルは俺をまじまじと見た後、ルイナをチラ見した。
そして引きつった笑みを浮かべながら、首を横に振った。
「わ、悪いな……俺は、好きじゃない相手とは付き合えないんだ」
そう言うと、紙袋を抱きしめるようにして、ヴァイルが立ち去った。
ヴァイルの部屋の扉の開閉音が響く。
俺は、立ち竦んだ。
「ふ、振られた……――団長の嘘つき!!」
「いや待って、だってさ、毎日抱き合ってて、一緒にご飯食べてたら、普通……」
「それとこれとは話が別だぁ!!」
泣きながら俺は自分の部屋に向かって走った。
うう……失恋してしまった。胸が痛い。ズキズキと痛む。
シャワーに入り、頭から温水を浴びながら、俺は涙で頬を濡らした。
しかし。
「諦めきれない……!」
シャワーから出た俺は、決意した。好きじゃない相手と付き合えないと言われたのだから、俺を好きになってもらえば良いのである。俺は、基本的にプラス思考なのだ。
こうして、翌日からも、俺はヴァイルを定時の後、待つようになった。
ルイナは、出てこなくなった。だが、俺にとっては都合が良い……!
話からして、ルイナは俺を好きだったようだ。けれど俺だって好きじゃない人とは付き合えないのである。
「ヴァイル! 好きだ! 付き合ってくれ!」
翌日そう叫んだら、ヴァイルがびくりとして、紙袋を取り落としかけた。
それから俺に振り返って、驚いた顔をした。
「い、いや、あ、あの……昨日、断っただろう?」
「諦めない! 俺は諦めない! 好きだー!!」
「いや、諦めてくれ……」
そう言うと、ヴァイルは部屋に入っていった。
だが、俺は諦めなかった。その翌日も、さらにその翌日も、以降毎日俺は、愛を叫び続けた。その期間、実に一週間――ヴァイルは、最近では俺をスルーして何も言わずに部屋に入っていく。しかし俺は諦めない。そうして二週間が経ち、一ヶ月が経過した。
そんなある日、ヴァイルが俺の告白直後、珍しく立ち止まった。
そして、俺をじっと見た。目が据わっている。
「本当に……俺が好きなのか?」
「大好きだ!」
「けどな、本音を言うと、別に俺はお前が嫌いじゃないんだ。ただな、同じアパート内にお前を好きな人間もいるし、恋愛のいざこざに巻き込まれたくないんだ。俺は、長閑に暮らしたい。だから、悪いが、もう俺に告白しないでくれ」
「嫌だ! 俺を好きになってくれるまで、俺は諦めない!」
「馬鹿。声が大きい。じゃあ、こうしよう――今後は、ひっそりと俺に告白をしてくれ。特に声を小さくして、近隣住民に聞こえないように頼む。このアパートの壁は、お世辞にも厚くはない」
「わ、分かった!」
こうして、翌日から俺は、声を潜めて告白するようになった。
その内に、秋が来た。
最近では、帰りも朝も寒い。吐息も白くなる。
それでも俺は、毎日ヴァイルを待ち、告白を続けている。ヴァイルは俺を一瞥し、遠い目をして頷き、部屋に入っていく。
次にヴァイルが立ち止まったのは、初雪が降った日の事だった。
すっかり日が暮れるのが早くなった。
「好きだ!」
いつもの通りに俺が告げると……ヴァイルが、少しだけ困ったような顔をした。
「俺の、何が良いんだ?」
「存在が好きだ。俺、毎日ヴァイルの事しか考えていないんだ!」
「……そうか……本当に、俺の事が、好きなんだな?」
「好きだ!」
「……俺の部屋、来るか?」
「良いのか!?」
突然の申し出に、俺は目を見開いた。
「……こんなに長期間、毎日好きだと言われたら、俺だって気にかかるようにはなる……」
ごく小さな声で呟いてから、ヴァイルが歩き出した。
慌てて俺は、あとを追う。
こうして俺は、初めてヴァイルの部屋に入る事となった。