6:やり方
しかし俺は思った。
得体も実力も知れないエルが、俺の前で無防備になっているというのは何となくクるものがある。流石に”盟約の儀”の時ばかりは、エルも素直だ。それと俺は気がついた。
「……何?」
食事をしているエルの隣の椅子を引き、もう食べ終わった俺は、肩に手を置く。
「ん?」
「どうかしたの?」
「何が?」
「肩に手……」
「別にどうもしない」
「……食べづらいんだけど」
エルが真っ赤になっている。食べづらいというのは言い訳だなと俺は確信した。
エルはおそらく先ほどの行為を思い出している。
並びに――多分誰かに触られるのが苦手なのだろう。体が硬直している。触るのは良いが触られるのが駄目なタイプだな。だからかたくなに、俺の方をして儀式を終了しようとしていたのだろう。だがもう、それで許す気はない。
俺の中で現在の目標は、エルの体を俺に慣れさせることに決定した。
やることがなさ過ぎて、何か目標でも持っていないと、毎日がクッキー作りだけで終わってしまうからだ(家事は別だ)。そしてそのクッキーもこれからはエルが作ってくれることになったのだし。
それはそうと、やはり俺は一つ聞かなければならないこと、絶対に確かめなければならないことがあると思い直した。
「エル、真剣な話だ。一度しか聞かないから、まじめに答えてくれ」
「……え、うん、出来る範囲で」
「遺跡に何をしに行っているんだ?」
普通だったら愚問なのだ、これは。
≪閉鎖世界≫から抜け出すために、1024個の遺跡全て攻略したと公開するために、皆は遺跡に行くのだ。大体の場合、遺跡に一体いるボスを倒して、宝箱をあけて宝石や魔宝具を入手する。これの繰り返し、積み重ねだ。
俺はたびたび、エルから宝石や装飾具を貰っている。そして後になってそれが攻略報酬だと分かるパターンがたびたびある。なのだから遺跡を踏破しているのは間違いがないのだ。
「――本当に二度と聞かない?」
「ああ」
「……僕はさ、”1024の遺跡”を、個数やNo.だとは考えていないんだ」
「どういう事だ?」
「≪不死鳥≫や≪幽霊馬≫のように、≪1024≫と言う名称が存在すると考えているんだ」
「何か意味がある数字なのか?」
「意味は色々あるけど、それを僕は調べてる」
「なんのために?」
「勿論、この≪閉鎖世界≫から外に出るためだよ」
「そうか」
これまで俺も、そこまで本気というわけではなかったが、頭ごなしにエルを怒鳴ってきて悪かったなと思った。ただ、一言言ってくれれば良かったではないかと思った。
「――僕は自分勝手な人間だから、最低限僕一人が外に出られればいいと思っている。今はコーガのことも連れて行きたいと考えてるけど。それにしろ理由は、回復面以外はどうにかする自信があるからなんだ。自惚れかもしれないけど」
「じゃあ本当に俺に回復をして欲しくて、パートナーに選んだのか」
「うん」
まぁ自分勝手なのは知っていた。遺跡の公開をするのでもなければ、家の作り方を広めるわけでもないのだし。ただ自己顕示欲もないと思っていた。一人で遺跡を公開した者など、今のご時世鼻高々だからな。だからエルの口から『自信』という言葉が出てきて少し感動した。気づくと俺は、エルの肩をポンポンと叩いていた。
「俺を選んだだけでも自信を持って良いぞ」
「コーガ……」
「ただ俺も、回復するためだけに存在する訳じゃない。お前の希望はそれなのかもしれないが」
「……それは、その」
「古文書なら、お前よりも詳しいかもしれないぞ、これでも」
「……」
「何かできることがあったら言ってくれ。パートナーなんだからな」
とりあえず俺は、言いたいことは伝えた。
するとエルが茶碗と箸を置いたので、手をギュッと握ってみた。
俺の方が圧倒的に手が大きいので、両手で片手を覆うように握ったら、なんだか握りつぶしてしまいそうで怖くなった。仮にも俺は悪魔なので力があると思う。
それにしてもエルは肌触りが良い。
今度、体中を撫でてやろうか。どんな反応をするんだろうな。
しかし世の人間は、急いては事をし損じるという。
ポイントを――魔力を、快楽をよこせだなんて、今は言うべき時ではないだろう。
信頼関係も構築し直したところだしな、何も亀裂を入れることはない。
そのままエルは何も言わなかったので、俺は笑顔を返してから立ち上がった。
さて、皿洗いをしなければ。
翌日も俺は噴水前へと行った。
簡単に現在の周辺状況を説明すると、全ての遺跡への入り口と化した≪不死鳥の絡繰遺跡≫とその正面の噴水がまずある。噴水の真横には、この≪閉鎖世界≫で唯一まともに機能している時計が立っている。広場だ。
何故ここが≪閉鎖世界≫だとわかるかというと、この≪不死鳥の絡繰遺跡≫と広場の周囲は森が並んでいるのだが、この森が、どこまでも続くようになってしまい外に出られないからである。森にはいると木々のせいで空も見えない。森の中には小川もあるのだが、川に例えば何かを流すと、いつの間にか再び上流からそれが流れてくるといった具合だ。
パートナー契約をした者達は、皆森に生活拠点を持っている。
”インナス”という魔法石を、実習前に全員が受け取っていて、それを展開すると、自分かパートナーしかはいることが不可能な、家を設置する空間があてがわれるのだ。全て森の中にあてがわれているのだが、魔法石の効果で他の家は見えない。魔法石は全員が持っているから、パートナー契約をしていない者は一人暮らしをしているのだと思う。要するにやろうと思えば、俺も俺だけの空間は持てるのだ。やるつもりはないが。
「よぉ、コーガ」
そこへ、今日は目に見えて上機嫌のルツに声をかけられた。昨日の会話を思い出し、嗚呼上手くいったのだろうなと想像した。俺の視線に気づいたルツが、口角を持ち上げて大きく頷いた。
「いやもう、最高だった」
「それは良かったな」
「ミヌがさぁ、すげぇ可愛い声で啼くんだよ」
「お前、30cmも身長が違うのに、つっこんだのか……?」
「あたりまえだろ。俺、ネコは無理だ」
まぁ同感である。
俺もつっこまれるのはごめんだ。そもそもルツだって現在は十六歳程度の姿だが、実年齢は俺と同じ歳だ。体格だって俺と同じくらいに良いのだが、ミヌのギルドポイントの問題で少年姿をしているに過ぎない。
それにしても、それとなく聞いたが……最後までヤったのか。
「いやぁ燃えたぜ? つっこむ方しか経験がなかったらしいからな」
「ほう」
「で、確かにコーガが言ったとおり、魔力量半端なく上がった」
「だろ?」
「盟約の儀以外でも魔力もらえるか、今日試してみるわ。もう試したか?」
「いや、まだだ。結果を教えてくれ」
まぁ悪魔なんてこんなもんである。天使の下事情は知らない。
だが、今こちらの話を、真っ赤な顔でザイルが伺っているのはよく分かっている。
直接聞きたそうに何度もちらちらこちらを見ているが、俺はその視線に気づかないふりをした。
さらに翌日。俺はルツの報告を待った。
俺的にも、盟約の儀以外にも、エルの体を暴いてみたいという思いが募りつつあったというのもあるし、魔力も欲しいというのがあったからだ。
「やっぱり、魔力は手に入った」
「そうか」
見れば分かった。
何せ、ルツの体が二十代くらいに成長していたからだ。
まだ俺よりは見た目が若いが、エルとは同じくらいの年の頃に見える。
「それにやっぱ、気持ちいいな、SEX」
「露骨だな」
「三百歳も超えて、何も恥ずかしがる事なんて無いだろ」
「恥じらいを持つのはまた別だと思うけどな」
「そりゃそうか」
そんなやりとりをしていると、ついにザイルが歩み寄ってきた。
「あ、あの」
「なんだ?」
俺が視線を向けると、ザイルが真っ赤になっていた。
「……男同士のSEXって、どうやるんだ……教えてくれ」
――……!!
俺は絶句した。流石は天使、純情だった。
「最近俺はおかしいんだ。セノアを見ていると体が熱くなるんだ」
「おかしくないおかしくない、正常な反応だよ」
ルツが楽しそうに笑っている。
こうして俺達の間で、いかようにして、男同士で行為に及ぶかについての講義が始まった。
まぁそんなこんなで一日は流れていった。