8:はじめての遺跡
翌日。
「ヤったのか?」
俺とルツはザイルの両側に立った。すると真っ赤な顔になったザイルが、うつむきがちに小さく頷いた。なるほど、天使もやる時はやるものである。それもそうか。
「ちょっといいか?」
その時そこに、ルツのパートナーのミヌの声がかかった。
そろって視線を向けると、険しい顔で腕を組んでいた。
「≪茜鴉の煉獄遺跡≫の攻略について会議をすることになったから、参加してもらえないか」
と言うことは井戸端会議は終わりだなと思って俺は帰ろうと思った。
今夜は餃子にでもしよう。
しかし肩をつかまれた。
「コーガも来てくれ」
何事だろうかと、少し驚いた。
何事なのかは、会議が始まってすぐに分かった。
≪茜鴉の煉獄遺跡≫は、今度こそ範囲攻撃が使えないと厳しい遺跡だそうなのだ。その上踏み込む時には人数制限があるため、少数精鋭でのぞまなければならないらしい。そしてミヌが言った。
「頼む。エルンストを呼んではもらえないか?」
俺が呼ばれた理由はこれだった。
全員の視線が俺へと集まる。
「コーガがいれば回復も保証されるし、最悪エルはついてきてくれればそれで良い。ゆっくりと進むにしても、俺一人で回復するのは難しいかもしれない」
ザイルがそんなことを続けた。実に珍しい。俺の力を認めている。
セノアがゆっくりとだが同意するように大きく頷いた。
人に認められるというのは気分が良いが……俺には、エルに無断で勝手に連れて行くという事なんて出来ない。そもそも実際にエルがどの程度範囲魔術を使えるのかだって分からない。
「ちょっとエルと相談させてくれ」
まぁ悩んだ時のパートナーでもあるからな……。
そんなこんなで、俺はクッキー係としてではなく、きちんと正式に呼ばれて会議に出た日中だった。
それから午後になるまで様々なことを考えた。基本的にはエルのことだ。
魔力量――ギルドポイントがすごいのは分かるのだが、実際の威力のほどは皆目見当もつかない。やはり一度直接この目で見てみたいと思った。そのためにはどうすればいい?
悩んだ結果、俺は夕食のメニューを変更することにした。
昼食の時間が来たので、エルと共に、肉じゃがを食べながら言う。
「エル」
「何?」
「今夜はピクニックをしないか?」
「いいけど。珍しいね、何かあるの?」
「特にない。ただ外でご飯を食べてみたくてな」
「どこに行くの?」
「≪茜鴉の煉獄遺跡≫なんてどうだ?」
俺はそれとなく、次の攻略対象の遺跡を述べた。エルがどんな反応を見せるのか気になったのだ。
「ああ、あそこなら範囲ですぐに殲滅できるから丁度良いね」
しかし返ってきた言葉に狼狽えて、箸を取り落としそうになった。
なんだって?
エルは笑みさえ浮かべている。本当に大丈夫なのだろうか?
不安になってきたが、ここで俺がやっぱり止めるというのも不自然だからと思い直して、小さく頷くにとどめた。結果俺は、気合いを入れてピクニックまでの間、お弁当作りに追われることになる。
「よし、行こうか」
夜は思いの外早く訪れた。
俺は初めて遺跡にはいるので、はっきり言って緊張していた。
遺跡にはエルの部屋から、魔法陣で移動することになっている。
大きなバスケットを片手に、俺はエルの隣に立った。
「目を閉じてね――≪移動≫」
楽しそうな声でエルが言った。ギュッと瞼を閉じると、瞼ごしに青緑色の光が見えた気がした。魔法陣になどほとんど乗ったことがないから、どうしても慣れない。いつもこのようにまぶしい光に包まれるのだろうか? もっと真っ暗闇を通過するイメージしかなかった。魔術にも色々あるのだろう。
「もう目を開けて良いよ」
あたりが薄闇に包まれた時、エルにそう言われた。
おそるおそる目を開ければ、そこにはかびくさい遺跡群が広がっていた。様々な彫刻が刻まれた巨大な石が組み合わせられていて、漂う魔力も濃い。
「今から魔物を退治するからちょっと待っててね」
その言葉に、長い一本道を埋め尽くすように、巨大な蛇のような魔物が大量にいることに気がついた。首を持ち上げて、俺達を見てシャーシャー言っている。
「≪凛華、絨毯、青霞≫」
エルが呪文を短く放って、杖で大きく斜めに宙を裂いた。
すると途端に轟音が響き渡り、蛇型の魔物達が、一体ずつ前から奥へと潰れていった。時間にしてみればほぼ一瞬だったから、同時に倒れたようにも見える。ドミノみたいな流れだったが、一体一体は完全に潰れていた。
「後はボスを倒すだけだよ」
床に飛んできた体液を踏みながらエルが笑った。
俺は肉片と体液を見て、それだけで食べる気力を失った。エルは鋼の心臓の持ち主なのかもしれない。
そのまま俺達は、ボスがいる再奥の洞窟へと向かった。
そこだけは人工的ではなくて、ごつごつとした岩肌が目立っていた。
そして目をぎょろぎょろとさせた巨大なドラゴンが、宝箱を抱えるようにうずくまっていた。その大きさを見ただけで、俺は足がすくんだ。皆、こんな魔物を相手にして、日夜遺跡を攻略しているのか……。
「倒すね――≪氷柱≫」
しかしズドンと音がしたかと思ったら、ドラゴンは巨大な氷の棒に貫かれて横に倒れた。先端がとがっている円錐のような棒だった。
エルが歩み寄り、遺骸を退けて宝箱のふたを開く。
「ダイヤだ」
指輪を取り出したエルが、俺へと歩み寄ってきた。
そして手を取ると、ダイヤの指輪をごく自然な仕草で、当然のことのようにはめてくれた。
「夕食はこの辺で良い?」
「食べる気が失せた……」
「ちょっと遺跡は刺激が強すぎたかな」
そう言って、あははとエルが笑い始めた。笑い事ではなくそれは事実だった。
「いつも一人でこんな風に危ないことをしているのか?」
「いつもじゃないよ」
「だったらもう――」
――一人で遺跡に行かないで欲しい。
貢献するしないなんてどうでも良いから、誰かとパーティを組んで欲しい。
エルのことが心配だ。
そんな言葉の数々が俺の胸を埋め尽くしていったが、俺はこの前口出ししないと約束したことを思い出した。
「コーガ、そんな心配そうな顔をしないで。僕は大丈夫だから」
「べ、別に……」
心配なんてしていないとは、冗談でも続けられなかった。