2:新国王即位




 ――翌週、復古されたヴァッサリア王室の新国王陛下として、キースは即位した。
 第八十二代国王、キース=ヴァッサリア十一世陛下となったのである。
 麗しい容姿の若き国王の姿に、民衆は見惚れ、賛辞を送った。

 当のキースはといえば、服を着せられ、引きつった顔で、渡された紙を読み上げている内に、全てが終わったという気持ちである。

 その後は、ひとしきりマナーやダンスを叩き込まれた。
 この時――家庭教師達は驚いたものである。既にキースには、大部分の教養があったからだ。キース自身すら知らなかった事であるが、基礎的な事を父が幼少時に教育済だったのである。その為、この日々は三週間程で終わりを告げた。

 こうしてきっかり一ヶ月後――キースは、初めて通常の玉座に促された。

「今後はこちらで、政務・軍務等のご指示と王室業務を担って頂きます」

 朝、ルイド閣下に、キースはそう言われた。頭痛がした。
 宰相席はキースから見て右手にある。ルイド閣下は、簡潔にそれだけ述べると、自分の席へと向かった。しばらく見守っていると、大勢入ってくる人々は、大半がルイド閣下の前に列を作っていた。キースの前には来ない。それに安堵してから、キースは左手を見た。空席であるが、そこにはグレイルの名前が書かれたプレートがある。

 文のルイドと、武のグレイルらしい。

 こうして眺めている内に、午前十一時となり、キースは退席を勧められた。何でも、朝九時から十一時まで、ここに座っているのが仕事らしく、その他は自由時間であるらしい。特に何かする必要はないと聞いて、心底安堵した。

 ぼんやりと座っている日々の開始は、しかし長くは続かなかった。
 ――王室の業務。
 これが思いのほか忙しかったのである。昼食と夕食を兼ねた面会、夜会、これらが目白押しで、自由時間とは名ばかりだった。むしろ午前中の二時間は、休憩時間ですらあった。深夜にまで及ぶ夜会に疲れ切りながら、毎日朝方眠りにつき、七時には叩き起される。

 これまでの人生において、これほど上質な服を着た事もなければ、贅沢な食事をした事もないが、それらよりも、安眠が奪われた事が、何よりも辛かった。昔の方が絶対に良い。そう確信していた。王様とは、大変だったのである。

 そんなこんなで半年が経過した頃――ルイド閣下が珍しくキースの前に立った。

「陛下、伴侶候補が内定いたしました」
「――へ?」

 寝耳に水だったキースは、ポカンと口を開けた。伴侶……とは、所謂結婚後の配偶者の名前であるよなと、ぼんやりと考える。

「入れ」

 ルイド閣下がそう声をかけると、扉が開いた。その音にキースが視線を向ける。
 そして頭の上に疑問符を浮かべた。
 入ってきた人間は三名いたのだが――全員が、同性……即ち男だったのである。

「ご紹介致します。まず右側ですが、グレイル元帥です」

 それは見るまでもなく分かった。狐色の髪をした、緑色の瞳の人物は、迎えに来てくれたひとりであるし、来る前から知っていた魔術師だ。もっとも馬車の中から現在に至るまで、一言も話はしたことがないが。キースは、馬車の中で隣に座っていた時、一度も視線が合わなかった事を思い出した。彼は非常に長身だったが、あの馬車は天井が高かった。少々吊り目だし、武官というより見た目は痩せ気味の文官であるが……格好良い。

「彼と結婚すれば、新政府の権威が磐石となります」

 響いたルイド閣下の声で、キースは理解した。つまりは、政略結婚という事だ。

「次、真ん中におられるのは、ロイド殿下です。隣国のシュテルン帝国の皇帝陛下の三男です。彼との婚姻は、国力の増加や同盟関係で、外交的に有利となります」

 ルイド閣下の紹介に、ロイド殿下は軽く笑って会釈した。
 ――帝国の皇族が、会釈……?
 キースは慌てた。帝国は、この大陸で一番の強国だ。

「最後の左。ハロルド男爵です。非常に商才に優れているため、平民――一般国民から初めての貴族爵位を授与された新貴族制度の象徴です。国内一の資産家であり、彼と結婚すれば経済的に国も王室も豊かになります」

 ルイド閣下はそう告げた後、腕を組んだ。

「政治か外交か経済か――お好きなお相手を」
「え……」
「できれば全員を。王族のみ一夫多妻とする制度の発令準備は既に整っているので」
「は、はぁ……」
「では、そういう事で」

 ルイド閣下は、一人頷くと下がっていった。残されたキースは、改めて三人を見る。
 全員……類い稀なる美貌の持ち主と評して良いだろう。
 狐色の髪のグレイル、黒髪のロイド、銀髪のハロルド。キースは色で覚える事にした。

 この時キースは、どうせ同性なのだから子供を作る事は出来ないし、名前ばかりだろうと考えていた。だから、ルイド閣下がその日の内に、一夫多妻制度を施行したと聞いても何も思わなかった。